強引専務の身代わりフィアンセ
 依頼者の女性を見送ったあと、スタッフでさらに打ち合わせし、気づけば午後九時を回っていた。肩もパンパンだし、とにかく横になりたい。こういうとき自宅がすぐだというのは有り難い。

 リビングのソファで行儀悪く寝そべっていると、母が近寄ってきて、とんでもない爆弾を落とした。

「そういえば美和、さっき言いそびれたんだけど明後日の文化ホールで行われるジュエリーイベント、『ティエルナ』の依頼でまたエキストラお願いできる?」

「え! あれ、私は行かなくていいって話じゃなかった!?」

 さらっと放たれた“お願い”に私は目を剥いて、身を起こした。しかし母は何食わぬ顔だ。

「そうだったんだけど、竹城(たけしろ)さんが足を痛めたみたいなのよ。人数が増える分にはよくても、減るのは避けないとならないし。前も行ったから内容わかってるし、大丈夫でしょ?」

「でも私、今は契約とはいえ、MILDの社員なんだけど?」

「いいじゃない。あくまでも“個人的に”行くんだから」

 母の正論は私の文句を喉に押し込めた。おかげで私は、それ以上なにも言えず、逃げるようにバスルームに移動する。

 三十九度に設定されたお湯は、夏場だからかそこまでぬるいとは思わなかった。湯船にゆっくりと浸かって、自然と息を長く吐く。

 年に二回、文化ホールを貸し切って夏と冬に行われる大規模なジュエリーイベントがこの週末、二日間にわたって開催される。

 各企業がブースを設け、自社の商品をPRしたり、モデルたちによる新作のお披露目会や、アウトレットコーナーなど毎回多くの人で賑わっていた。

 もちろん、うちのMILDも参加予定だ。隣接でIm.Merも独立ブースを取っている。初日は企業や来賓、マスコミなどの関係者が中心となり、二日目は一般がメインだ。
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