強引専務の身代わりフィアンセ
「よく似合ってる」

 改めて言葉にされ、彼の顔がゆっくりと近づいてきた。私は瞬きひとつできず、動くことができない。けれど、このままじゃいけない気がして、結んでいた唇をほどいた。

「……美弥さんみたいですか?」

 彼がわずかに目を見張り、私から距離を取った。張りつめていた空気が溶ける。今更ながら、彼に触れられた箇所が熱を帯びてきて、戸惑った。

 さっきの質問に一樹さんは答えてくれなかったけれど、似合う、と言ってくれたのなら大丈夫なんだろう。

 代役とはいえ、彼以上に、自分がここまで美弥さんを意識してしまうのが不思議だった。でも、一樹さんと一緒にいると、どうしてもずっと美弥さんの存在が頭から離れない。

 一樹さんにどんな言葉をかけられても、どんな態度をとられても。これは仕事なんだから、美弥さんを意識するのは当然だ。それでいいはずなのに。

 主催者側が、この高級ホテルを交流会の会場に選んだのは、会を開催するのに、ここら辺のホテルの中では一番大きなホールを持っているからなのだと、会場に向かいながら一樹さんが説明してくれた。

 たしかに、ここのホテルは芸能人が式を挙げたりすることでも、度々話題になっていたりする。会場に向かう紳士淑女は、皆それなりの格好をしていて、派手すぎではないか、という自分の心配は杞憂だったことを知った。

 男性はタキシードを身に纏い、女性陣は華やかなドレスに身を包んでいる。私もぎこちなく、彼の右腕に自分の手を添えていた。

 一樹さんも例外ではなく、その様はどこかのモデルさながらだ。欧米の正装だけあって、がっしりとした体つきの外国人の方が似合うのはもちろんだが、彼も引けをとらない。
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