強引専務の身代わりフィアンセ
「外国に来たみたい」

 きょろきょろと内装を楽しんでいると、会場について腕をほどいていた彼から今度は手が差し出された。

「はぐれるなよ」

「あ、はい」

 一樹さんに声をかけられ、私は気持ちを正す。浮ついた心は不要だ。それからしばらくして、今回の主催者でもあるローランド氏の挨拶から宴は始まった。

 乾杯の音頭と共に、英語や日本語、あらゆる言語が会場で飛び交う。とりあえずローランド氏の周りには多くの人が集まっているので、挨拶するのは後だ。

「一樹くん」

 ふと彼の名前が呼ばれたことに私と一樹さんはほぼ同時に後ろを振り向いた。

「珍しいね、君がこんなところにいるなんて」

 グラスを持ってこちらに近づいてきたのは、白髪交じりの髪をオールバックにし、ふくよかな体型で燕尾服をまとった中年の男性だった。

「中嶋(なかじま)社長」

 一樹さんが先方の名前を呼んだので、相手の見当はすぐについた。彼は中嶋勇雄(いさお)。大手ファッションブランド『ミッテル』の代表でもあり、そして……。

「今回、ティエルナとしては出てはないんだが、うちの服をショーの方で提供していてね」

「そうでしたか。本来は父が、社長が出席するはずだったんですが、諸事情がありまして」

「そうかい。なんたってそっちは本家だからね」

 豪快に笑う中嶋社長は、一樹さんから私におもむろに視線を寄越してきた。

「こちらのお嬢さんはもしかして……」

「ええ。僕の婚約者です」

 中嶋社長の言葉を受け取るように彼は言い切ったので、私は意識して笑顔を作り、軽く頭を下げた。
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