強引専務の身代わりフィアンセ
「いやぁ、いいねぇ。うちの息子もそろそろ身を固めてくれるといいんだが。そういった面でも見習って欲しいよ。一樹くんのところより、業績も伸び悩んでいるようだし」

「僕は、父の力もありますから」

「またまた謙遜するなぁー」

 それから中嶋社長は軽く手を上げて、別の知り合いのところに去って行ってしまった。私はこっそりとため息をつく。彼の手が私からゆっくり離れたのを感じ、一樹さんの方に向いて小声で話しかけた。

「あの方、ティエルナの親会社の……」

「そう。元々父と知り合いなんだ。そして美和も知ってのとおり、彼の息子が『ティエルナ』を立ち上げた」

 うちの事務所にイベントでサクラを依頼してきたところだ。その祭、ティエルナのことはよく調べた。だから私は中嶋社長のことを知っていたのだ。

「立場的に言うと、一樹さんと似ていますね」

「似てないさ。大きくくくれば同じファッション業界と言えるかもしれないが、あっちは親とは違う畑で事業を立ち上げたわけだからな。父親と同じ系統で新ブランドを起した俺より、はるかにすごいだろ」

 彼の声からは、相変わらず感情は掴めない。けれど、そこには卑屈さも見下した感じもしない。ライバルブランドで、業績は自分の方がはるかに上なのに。

 でも彼は、それだけではないところで、相手をちゃんと評価している。そういうことができる人なんだ。

 私は笑顔になった。社長の息子だからとか、それだけじゃない。彼は人を的確に見ることができる。だから上に立つことができて、会社も上手くいっているんだ。
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