強引専務の身代わりフィアンセ
 それを受けて、一樹さんが軽く頭を下げて自己紹介をした。続けて、先ほどの中嶋社長のときと同じように私も挨拶する。

 すると、旦那さんもこちらに笑顔を向けて頭を下げてくれた。旦那さんは、奥さんとあまり背は変わらないが、
がっしりとした体つきに、つり上がった目つきはどこか迫力がある。けれど笑うと温和な雰囲気だ。

「そうでしたか。これはご丁寧に。私は株式会社幸泉百貨店の代表をしています、幸泉正三(こうせんしょうぞう)と申します」

 幸泉百貨店といえば、行ったことはないが、名前は知っていた。百貨店としては比較的新しいが、海外に支店を多く持ち、そのコネクションで、ほかにはないブランドなどの誘致に成功している。

 『ここにしかない』というコンセプトを活かし、メディアでもよく取り上げられているところだ。

「うちは、主に海外ブランドに力を入れていますが、日本のいいものも、どんどん取り入れていきたいと思ってるんですよ。MILDさんも存じています」

「ありがとうございます」

 それから幸泉さんと一樹さんは、世間話から業界話へと移っていったので私はついていけなかった。そんな私を気遣ってか、ご婦人の方が声をかけてくれる。

「改めまして、妻の静江(しずえ)です。遠慮なく名前で呼んでくださいね。それにしても、こういう場に連れてきても男性は妻をそっちのけで、すぐに仕事の話をしたがるんですもの。困ったものね」

 幸泉さんの方を見ながら、静江さんがわざとらしく息を吐いた。それでも、この場についてくるということは、夫婦仲はいいのだろう。

「私、実はこういった場は初めてなんです」

「あら、そうなの? ご結婚されて間もないのかしら?」

 静江さんの問いかけに私は一瞬だけ返答を迷う。
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