強引専務の身代わりフィアンセ
 丁寧に告げたものの、もしかしたら失礼な返事だったかもしれない。一樹さんの立場を考えたら、素直にお礼だけでよかったのかも。気を悪くさせただろうか。

 今更ながら後悔していると、通訳の男性の言葉に耳を傾けていたローランド氏は、声をあげて笑った。そのことに、私はびくりと肩をすくめる。

 そして、私ではなく一樹さんに向かってなにやら話しかけるのを、通訳の男性が切りのいいところで訳していった。

「あなたはいい婚約者に巡り合えたようですね。どんなことがあってもパートナーが自分の一番のファンでいてくれるのは、なによりも有難いことです」

「ええ。恐れ入ります」

「Signorina(お嬢さん)」

 聞き覚えのあるイタリア語でローランド氏から直接呼びかけられ、私は彼の方を向いた。滑らかなイタリア語が耳に届き、追って通訳の男性の日本語が語られる。

「これからも彼の一番の理解者であり、一番のファンでいてくださいね。彼はとても幸せ者だ」

 私はローランド氏の目を見て、たどたどしく「Grazie mille(ありがとうございます)」と告げる。するとローランド氏はウインクひとつ投げかけてくれた。茶目っ気溢れる対応に私は笑顔になる。

 そこで、別の人が彼に挨拶にやって来たので、私たちはおとなしくその場を去ることになった。一樹さんは、さりげなく私の肩を抱いてドアの方に向かうので、こっそりと尋ねる。

「もう、いいんですか?」

「主催者への挨拶が一番の目的だったからな。それに、美和も疲れただろ。顔色があまりよくない」

「あ、いえ」

 大丈夫です、と続けたかったのに、一樹さんが私の方に端正な顔を寄せてきた。彼の顔が影を作り、私は歩いていた足をつい止めてしまう。
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