強引専務の身代わりフィアンセ
契約終了をもって今の関係は破棄します
 朝になり、一樹さんは律儀にも早起きしてくれた。私が言った朝食ブッフェにでかける約束を守るためにだ。そんな彼に対し、自分が言い出したことなのに、素直に喜ぶことができない。

 身支度を済ませようと鏡の前に立ち、そこで、自分の顔のひどさに愕然とした。目も充血気味で、隈もうっすらとできている。顔色も悪くて、化粧ののりも最悪だ。

 起きたときに「大丈夫か?」と心配されたことを思い出し、消えてしまいたくなった。情けない。美弥さんなら、絶対にこんな姿を彼の前に晒したりしないだろうな……。

 その考えに至って、私は自分の頬を軽く叩いた。気を引き締め直し、無心でヘアアイロンを使い、髪をまっすぐにしていく。

 これは仕事なんだから、余計な感情はいらない。彼の望む婚約者を演じて、役に立てたら、それでいいんだ。

 一通りの支度を終え、最後に鏡の向こうにいる自分に笑いかけてみる。どことなく無理している感があるが、心配をかけさせるよりはマシだ。

 リビングに戻ると、一樹さんはスーツに着替えていて、書類を確認していた。その姿は、会社で見る専務そのものだった。そのことで彼との距離感を冷静に思い出すことができた。

「すみません、お待たせしました」

 一息ついて声をかけると、彼の視線がこちらに向いた。

「体調は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。それにもう残すところ今日だけですからね」

 極力明るい声で返し、確認するように続けざまに尋ねる。

「メモはご覧になりましたか?」

 昨日、桐生さんに頼まれていた伝言を彼に口で伝える前に奥の部屋に行ってしまったので、一応、書置きを残していたのだ。
< 126 / 175 >

この作品をシェア

pagetop