強引専務の身代わりフィアンセ
 ホテルの朝食ブッフェはさすがとしかいいようがないレベルのものだった。和洋折衷の品数はもちろん、シェフが目の前でふわふわのオムレツを作ってくれたり、料理のレベルもどれも高い。

 プライベートで訪れていたら、きっと喜々としてあれこれ食べて回っていたかもしれないけど、このときの私は睡眠不足や緊張もあって、あまり食べられなかった。

「張り切っていたわりには、あまり食べないんだな」

 一通りの食事を終えたところで、そのことを彼からも指摘される。

「もう見ているだけでお腹いっぱいになっちゃいました」

「まるで子どもだな」

 呆れるというより、おかしそうに言いながら彼はコーヒーに口つける。

「でも雰囲気は楽しめましたよ。すみません、せっかく付き合ってくださったのに」 

「美和が楽しんだなら、それでいい」

 あまりにも躊躇いなく放たれた台詞に、自然と体温が上がりそうになる。それを誤魔化したくなって私はひねくれた言葉を続けた。

「一樹さん、私のこと子ども扱いしてます?」

 最初に熱を出さないか、なんて心配されたし、現に彼自身からもさっき言われたし。すると、彼はかすかに笑った。

「美和の場合、川でのエピソードが強烈すぎて。渡りたいから石で橋を作ろうとして結果的に落ちるとか、危なかしくってしょうがない」

「だから、あれは子どものときの話です。今はもう大人なんだからしません!」

 ついムキになって返してしまう。駄目だ、美弥さんならきっと、川でそんなことしないし、今みたいな反応だってしないのに。一樹さんだって――

「私は……一樹さんみたいに、川で瑪瑙を見つけたりできませんから」

「見つけたのは運だろ。でも、自分の引きの良さには何度も感謝してる」

 自分の皮肉めいた言い方に落ち込む暇もなく、あっさりと肯定されたことに心がざわつく。彼と自分との違いを思い知らされた気がして。
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