強引専務の身代わりフィアンセ
 私は伏し目がちに、ぬるくなった紅茶に口付けた。それから、今日のスケジュールを確認する。午前中はステージショーを鑑賞する予定だ。これは、ひそかに楽しみにしていたので私の心は少しだけ浮上した。

 華やかなステージショーは私の心を高揚させた。メインはジュエリーであることを意識したコーディネートはどれも素敵で、モデルたちの優雅な歩きっぷりは、見惚れずにはいられない。

 アップテンポな音楽に合わせて、会場のライトも切り替わり、宝石たちはどれも眩い光を放っていた。



 その残像と音楽が目と耳に残って、どこか揺れている感覚に陥る。今、私はホテルのベッドで仰向けになって、夢と現実の間を行き来していた。

 ステージを楽しんで昼食を共に取ったあと、一樹さんは私に部屋に戻るよう改めて強く言いつけ、ひとりで仕事に向かってしまったのだ。

 本当は私もエキスポに参加するのは今日で最後だし、ほかのイベントブースを見たかったりもしたのだけれど、睡眠不足と連日の疲れもあって体が追いつかない。

 元々、ずっと婚約者を同伴させなければいけないわけでもなかったし、彼の婚約者として参加するのは、今晩の交流会が最後になる。

 終わりが何時になるか予想できないので、こうしてホテルを余分にもう一泊とっているわけだけど、ある程度の時間で終了したら、タクシーで帰ろうと、こっそり決意する。

 これ以上、彼といるのは、よくない気がして。

 そこで私はがばりと身を起こした。時計を見れば午後二時半。

『“明日、十五時にロビー横のカフェテラスで”って伝えておいて欲しいんだ』

 一樹さんは顔を出さなくてかまわない、と言ったけれど、やはり挨拶はしておこう。こうして時間も余っていることだし。私は時間を逆算して、まずは軽く化粧を直そうとベッドから下り立った。
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