強引専務の身代わりフィアンセ
 段取りは前回と同じだ。基本的に私は企業ブースの並ぶグリーンホールで、他ブースも周りながら不自然ではないようにティエルナの前で興味津々のファンを演じる。本物の客の動向を探りながら、その人たちの邪魔にはけっしてならないように。

 会場はエアコンをガンガンに効かせているのにすごい熱気に包まれていた。掌にじんわりと汗がにじむ。

 前も来たことがあるはずなのに。私はいつになく緊張していた。今日は化粧も念入りにして眼鏡はかけていない。

 さらには、いつも後ろでひとつにまとめているだけの髪も、緩く巻いて今どきの女性を演じる。服装だって、プライベートでは着ないような、ひざ丈のワンピースに淡いブルーのカーディガンを羽織って、それと色を合わせたパンプスという組み合わせだ。

 会場を訪れている客層に紛れるのはこれくらいでちょうどいい。

 会社での私しか知らない人に見られても、きっと気づかれない。それにしたって、なにをこんなにも意識しているのか。MILDの社員に会うことを? けれどイベントの担当スタッフたちとは、ほとんど面識がない。

 下手に視線を送るのは返って目立つ。パンフレットでMILDやIm.Merのブース位置を確認して、私はそちらには意識を向けないように仕事に徹した。

 そしてステージイベントが間もなく開始されるというアナウンスが会場に流れ、ほっと胸を撫で下ろす。

 私の仕事はここまでだ。今回はステージまでは付き合わなくてもいいと言われている。

 徐々に人の流れがステージに向かい始めたので、一緒に来ていたエキストラの彼女に目配せし、私はティエルナのブースからそっと離れようとした。
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