強引専務の身代わりフィアンセ
 しかし「もっと」と求めそうになる寸前でキスは打ち切られた。代わりに、剥き出しになっている首筋を音を立てて軽く吸われ、反射的に身を縮める。

「起きるか? 美和がかまわないなら続きをしてもかまわないが」

「起きます」

 余裕たっぷりの一樹さんとは反対に、私は慌てて答えた。きっと彼にはどうしたって一生敵わないんだと思う。でも、それさえも幸せだと思えてしまう。満たされた気持ちのまま私はてきぱきと支度を始めた。

 ルームサービスをお願いして、まったりと部屋で朝食をとることになり、食後のコーヒーに口をつけながら、思いきって私は、昨日見た光景について切り出した。

「あの、昨日桐生さんと一緒に美弥さんもこちらにいらしてましたよね?」

「見てたのか?」

「すみません、挨拶した方がいいかな、と思って。それで、その」

 どこか後ろめたさを感じて言葉を濁すと、一樹さんはなんでもないかのように続けた。

「彼女に、父親には話したから形だけの婚約話を解消したいって言われたんだ」

「ええ!?」

 私の勢い余った声に、逆に一樹さんが驚いた顔をした。

「何度も言うけど、この婚約に本人たちの気持ちはないんだ。彼女の父親が心配症で、さらに彼女も男性が苦手っていうのもあったし、立場的にお互いに婚約者という存在はなにかと都合が良かったから、そのままにしておいたんだが。でも、どうやら自分の意思で決めた相手ができて、そのことを両親にも報告したらしい」

「そう、なんですか」

 あまりにも自分とは違う結婚事情に呆然とするしかない。一樹さんは手に持っていたカップをソーサーに静かに戻した。
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