強引専務の身代わりフィアンセ
「ねぇ、今回もMILDのイケメン専務来てるよ!」

「え。じゃぁ、またステージで拝めるかな? かなりの男前だったよね。ショーそっちのけで、ものすごく記憶に残ってるし」

「じゃない? Im.Merの新作もいいよねー。早く行こう」

 なにげなく通りかかった女性二人組の会話に、思わず固まる。専務が来ていることなんて想定内だ。でも今日は見かけてもいないし、このままショーも見なければ、何事もなく終われる。

 それなのに動揺は私の体をまたたく間に駆け巡り、会場が揺れているかのような感覚になる。早くここをあとにしよう。

 ティエルナのブースを背に、出口の方に向いたところで、見覚えのある顔が視界に映る。人混みでも、離れていてもわかる。

 だって彼は非常に目立つ人だ。オーラが違うというか、近寄りがたいくせに彼の周りには、いつも人が溢れている。

 高瀬専務――

 弾かれるように私はその場を駆けだした。けれど思うように足が進まない。人の流れに逆らうというのは、こんなにも難しいことだったなんて。すみません、と謝罪の言葉を繰り返しながら人波を掻き分けていく。

 見つかってしまった。たった一瞬、秒にも満たない。でも彼と目が合ってしまった気がする。あの強い眼差しに捕まってしまった。“あのとき”と同じだ。

 心臓が早鐘を打ち出して、苦しくなる。足がもつれそうになりながらグリーンホールの外に出た。大丈夫だ、バレていない。

 周りからずれた行動は返って浮いてしまう。それでも私はあれ以上、会場にいることが、彼と同じ空間にいることができなかった。
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