強引専務の身代わりフィアンセ
 どうやら私は、彼に変な疑惑を抱かれていたらしい。それを跳ね除けるように私は嘲笑った。

「買いかぶりですよ。私はただの契約社員です。扱うのも会社の機密事項とは程遠い事務作業がほとんどですし」

 言い終わってから顔を背けて、ぶっきらぼうに私は言い放つ。

「もうすぐショーが始まりますよ。新作の説明をしなくていいんですか?」

「今回は別の担当者が行う予定だ」

 端的な答えが返ってきて、沈黙が降りてくる。平然を装いつつも心音が煩くて、比例するように脈拍も速い。掴まれている箇所が熱さを伴って痺れてくる。込められた力強さに戸惑いが隠せない。

 なんとかここを切り抜けなくては、と思ったところで口火を切ったのは専務の方だった。

「べつに、もう隠さなくていい。ティエルナがサクラを雇って自身のブースに人を集めるようにしているのは知っている。まさか君もだったとはな」

 疑問ではなく断定形で話す専務の言葉に少なからず狼狽えた。ポーカーフェイスを作りながらも、必死に拒否するのも得策ではないと判断する。

 私はうつむいたままやや早口で捲し立てた。

「専務がそんなにも思い込みが激しい方だとは知りませんでした。MILDの社員なのに他ブランドに夢中になっているのは面白くないでしょうし、申し訳ないとは思いますが、私はそんなのではありませんよ」

「君は上手いな。でも数がいれば、下手な人間も出てくる。不自然さもだ」

 わずかに私は眉をしかめる。専務の指摘はその通りだ。前回に続いて、今回もそれなりの人数を要求されたため、代行業に慣れていないスタッフも何人かいた。

 これは今後の課題だな、と心の中に留めておく。今はそれどころじゃない。
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