強引専務の身代わりフィアンセ
「婚約者の代行をして欲しいんだ」

「婚約者、ですか」

 カップを専務の前に置いていると、彼は唐突に依頼内容を告げた。

「あまり驚かないんだな」

「まぁ、そういう話はありますから」

 私の反応に、逆に専務が意外そうな顔になる。奥の棚から分厚い青のファイルを二冊取り出し、専務の前に再び腰を落とした。

「どういった内容で婚約者が必要なんです?」

 すっかり仕事モードのスイッチが入り、ペンを構える。専務は、どこか複雑そうな顔をしながらも事情を説明し始めた。

「今月末、宝石や貴金属などを含めた大規模なアクセサリーの国際見本市が行われるのは知ってるだろ」

「ええ」

 一応、業界関係者としては知っている。一週間通して開催されるアクセサリーの国際見本市は、世界中の有名メーカーなどが参加し、それを目当てに参加者もいうまでもなく世界各国から訪れる。

 参加すること自体、国内の企業としては名を上げることになり、いうまでもなく、重要度はこの前のイベントなどの比ではない。

 今年は日本で開催されることになり、うちの会社もなにかしら噛んでいるとは聞いていた。

「なら、その見本市のスポンサーがアラータだというのは?」

「聞いてはいます。ただ、内情については曖昧ですけど……」

 畳みかけるような専務の質問に私は正直に答えた。アラータは何世紀も続くイタリアの老舗アクセサリーブランドだ。
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