強引専務の身代わりフィアンセ
 さっきから場違い過ぎなのと、この面子もあって私は冷や汗をかきっぱなしだった。ワインを選ぼうとしている桐生さんと専務の会話も正直、外国語に聞こえる。

 恭しくソムリエがワインの説明をしてくれてグラスに注いでくれるのを私は、じっと見つめていた。コースの前にヴァンアミューズ、アミューズブーシュと呼ばれるものが運ばれてきた。

 美味しそう!と思う前にマナーのことばかりがぐるぐると頭の中で回る。

「あ、そうそう。美和ちゃん、これ頼まれてたもの持ってきたよ」

「ありがとうございます」

 桐生さんが思い出したように鞄から小さなファイルを出してきたので、素直に受け取る。頼んでいたのは美弥さんのできるだけ新しい写真数枚と簡単な略歴だ。

 専務から見せてもらった写真を見たときも思ったが、やっぱり美弥さんは美人だ。こうして見ると、兄の桐生さんにもよく似ている。スタイルもよくて、丸くてくりっとした愛らしい瞳は、男女ともに魅了しそうだ。

 こんな人の代わりを私が果たして務められるんだろうか。

 そこで私は頭を軽く振る。外見はどうしようもないが、せめて美弥さんの中身は把握しておかなくては。仕事モードに頭を切り替え、私は美弥さんのことをふたりに尋ねた。

 答えてくれるのは、主に兄である桐生さんの方で、専務はときどき、補足するように口を挟む、といった感じだ。

 兄妹仲がいいんだな、と思う反面、婚約者なのに、あまり専務の口から美弥さんのことが語られないのが意外で、そのことになぜかホッとしている自分もいた。
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