強引専務の身代わりフィアンセ
「美弥さんは専務のことをなんて呼ばれていますか?」

「俺と同じで“一樹くん”って呼んでるよ」

 専務に尋ねたつもりだけど、答えは桐生さんからあった。

「なるほど」

「え、なに。美和ちゃんも“一樹くん”って呼んでみる?」

 からかい混じりの桐生さんに私は真面目な顔で返す。

「そう、ですね。でも、婚約者として仕事の付き添いでエキスポに行くわけですから。専務、エキスポの間は、名前にさん付けで呼ばせていただいてかまいませんか?」

「好きにしたらいい」

 端的な返事に、私はついむっとなってしまった。依頼をしてきたのは専務の方なのに、なんだか私ばかりが必死になっているみたいだ。

 専務としては、この依頼自体が不本意なものかもしれないし、私自身のことをよく思ってないのも知っているけど。

「はい、一樹さん」

 頬を引きつらせながらも私は精一杯の笑顔を作って彼の名を呼んだ。これは、あくまでも仕事だ、そんなつもりで。けれど、それに対し専務がなぜか私の方にじっと視線を寄越してきたので、つい狼狽えてしまう。

 今、呼ぶべきではなかっただろうか。不快にさせただろうか。瞬時に頭の中が不安でいっぱいになる。お互いに目を合わせたままでいると、専務が形のいい唇を動かした。
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