強引専務の身代わりフィアンセ
「あいつが勝手に段取ったとはいえ、随分、緊張させたみたいだから」

「い、いいえ、そんな! お料理とっても美味しかったです。私こそ場慣れしてなくてすみません」

 仕事で失態をおかしたかのごとく、頭を下げる。すると専務は微かに口の端を上げてくれた。笑った、というほどでもない。

 でも、いつもの無愛想な表情より幾分か柔らかい。おかげで私はついその顔に見惚れてしまった。そしてすぐに我に返る。

「今日はご馳走様でした。私もここでタクシー拾いますから」

「美和」

 慌てておいとましようとしたところで、またもや名前を呼ばれ私は姿勢を正して専務の方を見た。

「今度の日曜日、用事がないなら、ちょっと付き合って欲しい」

 それは、どういう内容で?と聞き返す前に専務に「今回の依頼のことで」と付け足された。

「追加料金が必要なら払うが」

「いえ、大丈夫です! 打ち合わせは料金内なのでご心配なく」

 ぶんぶんと首を横に振って説明する。一瞬でも違う意味に捉えてしまった自分が恥ずかしい。名前を呼ばれたことで動揺してしまったが、これも全部仕事のうちだ。

 しっかりしなくては。専務にとってはそれ以上もそれ以下の感情も事情もない。もちろん私にだって。

「ありがとうございます、私も専務とふたりでお話ししたかったので」

 今日は桐生さんがいて助かった場面もたくさんあったけれど、専務と話す機会は減ってしまった。でも、彼の婚約者を演じるのだから、もっと専務自身のことを知る必要があるし、話を詰めておかなくては。
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