強引専務の身代わりフィアンセ
 そう思って言ったのに、私の返事に専務はわずかに目を見張った。一瞬クエスチョンマークが頭の上に浮かんだが、すぐに自分の思い込みに気づく。

 専務は私とふたりで会う、とは一言も言っていない。もしかしたらまた桐生さんも一緒かもしれないのに。

「もちろん、無理にふたりじゃなくてもかまいません。ただ、今日は専務とあまりお話できなかったので、その」

 勘違いといより、思いあがっているように思われるのが怖くなって、私はしどろもどろになりながら否定する。動揺が体中を広がっていると、それを止めるかのように私の頭の上に大きな手が置かれた。

「美和が俺とふたりでいるのが嫌じゃないなら」

 そんなに大きくない専務の声がしっかりと耳に届いて、周りの喧騒が一瞬にしてシャットアウトされる。

「嫌じゃない、ですよ」

 違う。ここは「仕事ですし、お気遣いなく」と答えるのが正解だ。なのに、あれこれ考える間もなく私は声に出していた。

 それを聞いて専務の手が私の頭から離れる。専務こそ、私とふたりなんて嫌じゃないんだろうか。

 ちらりと専務を窺うと、軽く手を上げてタクシーを止めている。運転手さんとなにか言葉を交わしているのを見て、あまりの行動の切り替えの早さに戸惑っていると、こちらを向いて私に乗るように促してきた。

 言われるがままおとなしく後部座席に乗り込んだところで、乗る気配のない専務に声をかける。
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