強引専務の身代わりフィアンセ
依頼者のことを知るのも仕事のうちです
 日曜日、私は生真面目にも十分すぎるくらい早起きしていた。朝からずっと落ち着かず、鏡の前であれこれ格闘している。

 エキストラのある日だって、ここまで格好に気合いをいれたりしない。そんな私を見て「まるでデートね」と、洗面所にひょいっと顔を出した母にからかわれたが「仕事のリハーサルを兼ねた打ち合わせだから」と強く否定する。

「お父さんはね、今回の依頼『断った方がいいんじゃないか』なんて言ってたけど、あれは美和の実力を心配してたわけじゃないのよ」

「なに、急に?」

 私は鏡越しに母に尋ね返した。今日は私よりも母が先に仕事で家を出る予定だ。そういえば専務の依頼を引き受けることに、最後まで渋い顔をしたのは母ではなく父だった。

「だって、美和の職場の上司とはいえ、泊まりでしょ? そりゃ、年頃の娘をもつ親としては反対するわよ」

 そういうことか、と私は心の中で納得する。巻いた髪をほどいて、ワックスで形を整えながら返した。

「その心配は必要ないって。言ったでしょ? 泊まるのはスイートらしく部屋数もひとつじゃないから寝室も別だって」

 さすがに一緒に泊まる、ということになって私もそこら辺を尋ねてみたが、なんてことはなかった。それにしても、私に気を遣ってか、あっさりスイートルームを用意してしまうなんて。

「スイートルームなんて羨ましいわー。最初、依頼内容を聞いてびっくりしたけど、高瀬さんご本人に会ったら納得。あんないい男が独身なら女性はほうっておかないでしょうね。お母さんとしては、間違いが起きても全然かまわないわよ」

 うっとりする母に、ため息をつくしかない。改めて契約を交わす際に事務所に訪れた専務を、母はすっかり気に入ったらしい。

 できれば自分が婚約者役を代わりたい、と言うくらい。私はそこでようやく母に振り返った。
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