強引専務の身代わりフィアンセ
「あの、この前はタクシー代ありがとうございました。これ」

「いらない」

 門前払いとはこのことだ。差し出した封筒が行き場を失う。あっさり受け取ってくれるとは思ってみなかったけれど、ここまではっきり言われてしまうと、なんだか逆に悪いことをした気持ちになる。

「いえ、ですが……」

 言いよどむ私に専務が鋭い視線を送ってきた。

「付き合わせたのはこっちだし、仕事で頼んだんだ、気にしなくていい」

 きっぱりとした口調で告げられ、なぜか胸の奥が痛んだ。専務の取りつく島もない態度よりも、“仕事”と言われたことに対してだ。

 なにも間違ったことは言われていないのに、どうしてこんな悲しい気持ちなるのか自分でも理解不能だった。

「わかりました、ではお言葉に甘えます」

 私も感情を声に乗せないようにして、そっと封筒を鞄にしまう。そして動き出した車のエンジン音を聞きながら冷静に尋ねた。

「今日はどちらにお付き合いすればいいんですか?」

「必要なものを買いに」

「必要なもの?」

 おうむ返しをして専務を見ると、彼はこちらを見ることなく続けた。

「服とか、それなりのものを着てもらわないと困るんだ。けれど本人がいないと、どうしようもないだろ」

 私は目を白黒させるしかなかった。まさか私自身の用事だとは思ってもみなかったから。指示してもらえば、こちらで用意したのに。それを口にすることなく運転する専務を無言で見つめる。
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