強引専務の身代わりフィアンセ
 会社ではいつもスーツ姿しか見たことがないので、思えば彼の私服を見るのは初めてだ。ネイビーの襟付きシャツにはラフになりすぎず、細身のジーンズは彼の長い足を際立たせている。

 年相応というか、けっして上品さは崩さず、彼にはよく似合っていた。

 おまけにこの顔。ぱっちりというより、どこか涼し気で切れ長の瞳。すっと伸びた鼻筋に形のいい薄い唇。あまり焼けていない肌は荒れを知らなのだろう。

 そんな彼の横顔を今はこうして私が独占しているのだと思うと、なんだか不思議な気分だった。

 つい見つめていると、信号で停止したところで専務がこちらを向いたので、私の心臓が大きく跳ねた。視線が交わったまま、反射的に謝ろうとしたところで、先に口火を切ったのは専務だった。

「会社とは全然印象が違うな」

 咄嗟になんのことか掴めなかったが、すぐに自分の格好についてのことだと理解する。その途端、私は無意識に巻いている髪の毛先を両手でぎゅっと握った。

「これは、そのっ。万が一、私といるところを会社の人に見られたらまずいと思いまして、それで今日は」

 張り切ってしまったんです、という言葉はぐっと堪える。悪いことをしたわけでもないのに、改めて指摘されると、どうも恥ずかしい。

 今日は服装はもちろん、眼鏡もしていないし、髪も我ながら綺麗にまとめて化粧も頑張った。理由はもちろん専務に言ったと通りだ。

 依頼を遂行する前に、下手に誰かに一緒にいられるところを見られて勘ぐられても困る。でも、それだけじゃない自分がいたのも本当で、見透かされた気持ちになった。

 おかげで、ついしなくてもいい謝罪まで飛び出してしまう。
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