強引専務の身代わりフィアンセ
「……すみません」

「なぜ、謝る?」

 不思議そうな専務の声と表情に、私は髪から手を離すと、視線を逸らしてうつむきがちになった。これは仕事なのに。

「いえ……もっと美弥さんを意識した格好の方がよかったですか?」

「その必要はない。それに、うちのをちゃんとつけてきていることも評価する」

「あ、ありがとうございます」

 意外な点を褒められ、素直にお礼を口にする。このネックレスは毎日会社にもつけていっているものだけれど、そこまで告げる必要はない。

 前にライバル社のものをつけていたのだから、そういうところを汲んで言ってくれたのだろう。

 そのとき、毛先がわずかに右に引かれたので、不思議に思ってそちらに視線を移せば、専務がなにげなく私の髪に触れていた。おかげで私は瞬きも忘れて硬直してしまう。

「いいんじゃないか。よく似合っている」

 笑った、とは言い難い。けれどいつもより柔らかい専務の表情が私を捕えて離さない。彼の長い指から私の髪がはらりと落ちるのが、やけにスローモーションに映った。

 そして専務は再び前を向いた。車が動き出したのと同時に私はふいっと窓の外を見て顔を背ける。胸が苦しくて息が詰まりそうだった。

 風景が流れる中、わずかに反射して映る自分の顔は絶対に赤くなっている。ちょっと待って、落ち着け。

 似合っている、と言ったのはIm.Merのネックレスのことで、相手が私じゃなくてもきっと専務はあんな顔をしたに違いない。

 自社の商品を身につけてもらえたら、誰だって悪い気はしない。よかった、クライアントの意に添えて。
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