強引専務の身代わりフィアンセ
 入社してから一ヵ月経つか経たないかのある日、会社主催で契約社員を含めた新入社員の歓迎会が開かれた。毎年恒例のこの会では、なんと社員それぞれに自社のアクセサリーがプレゼントされるらしく、太っ腹な対応に驚いたりもした。

『社員としてではなく、皆さん個人としてMILDやIm.Merの良さを分かってもらいたい』
 
 そういった話を社長がして、会場にはMILDとIm.Merの新作のアクセサリーが並ぶ。社員自らが良さを知り、広告塔になるように、と始まった取り組みらしい。

 さらに会場で注目されているのは、社長の息子であり、専務でもある彼の存在だった。

 新入社員にとって普段は滅多に接することのない上役たちと、今日は直接話すことができる数少ない機会だ。でも、ほとんどの女性社員の狙いは彼だったりする。

 専務の周りには人だかりができ、飾られたアクセサリーたちの前では社員たちが和気藹々と集まっている。男性社員には時計やネクタイピン、カフスボタンなども用意されていて、奥さんや恋人へのお土産に選ぶ男性たちもいた。

 私は、そんな社員たちの輪から一線退いて、遠巻きに様子を見ていた。

『アクセサリーに興味は?』

 突然話しかけられ、心臓が口から飛び出そうになる。そして話しかけてきた相手を認識して、さらに動揺が走った。

 高瀬一樹。心の中で彼のフルネームがぱっと浮かんだが、私はふいっと視線を逸らした。いつの間にそばに来ていたのかまったく気づかなかったが、遠くからしか見たことのない彼が、こんなにも近くにいることが、信じられない。
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