強引専務の身代わりフィアンセ
「今日はまだ、あまりふたりで話せていないだろ」

 私は目をぱちくりとさせた。なんのことだろうと思ったけれど、すぐに合点がいく。

『私も専務とふたりでお話ししたかったので』

 ああ、そうだ。言ったのは私だ。それをこの人は、律儀に守ろうとしている。嬉しいような、申し訳ないような。

 きっと専務にとっては、食事に誘うのも仕事の打ち合わせくらいのもので、変に遠慮したりするのは逆に失礼だ。少しだけ悩んでから、私は彼の誘いを素直に受けることにした。

 エレベーターに乗って、レストランが並ぶフロアに移動する。好みを聞かれたけれど、ここはおとなしく専務に任せることにした。

 連れてきてもらったのはイタリアンのお店だった。店内は夜を思わせるかのような仄暗さがあり、それが異国に来たような雰囲気を醸し出している。

 専務と向かい合わせに席について、テーブルで揺れている蝋燭の炎をじっと見つめた。

「さっきのお店は、よく利用されているんですか?」

「いや。ただ、あそこはアラータの社長の親族が経営しているブランドだから、利用しておいて損はない」

 まさかそういった方面からのアプローチとは、思いも寄らなかった。エキスポ主催者としては、身内のブランド服を身に纏って参加してくれたら悪い気はしないだろう。

「一樹さん、そういうところ抜け目ありませんね」

 こういうところで、彼が新ブランドを立ち上げて、成功させている力量を感じる。

「それは、褒め言葉として受け取っていいのか?」

 さらには真面目に聞いてくる専務がなんだかおかしくて、私はついおどけてみせた。
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