強引専務の身代わりフィアンセ
「え? なんで? なんで笑います?」

 幻ではないと、相手に確かめるように私は尋ねた。そこには、堪えきれずにくっくっと喉を鳴らして笑う専務の姿があって、目を離すことができなくなる。

「美和が、あまりにも真剣な顔をして落ちたのか、なんて尋ねてくるから、おかしくて」

「だって……」

 それ以上、言葉が続かない。これは笑ったって言っていいんだよね。専務のこんな表情を見るのは初めてだった。

 いつも無表情で、どこか冷たい雰囲気を纏っているのに。仕事のときに見せる顔からは想像もつかなかった。可愛い、なんて言うと語弊がありそうだけど、まさか笑顔を見せてもらえるなんて。

「で、どうして落ちたんだ?」

 笑いを収めた専務が、おかしそうに尋ねてくるので、私は我に返って、ぷいっと顔を逸らした。

「笑っちゃう人には、教えません」

「不可抗力だろ」

 専務が私の顔を覗き込むようにして距離を縮めてくるので、赤くなる顔を隠したいのもあって自然と意地を張ってしまう。

「一樹さんこそ、この河原でなにがあったんですか?」

 話を戻すと、専務は思い出したようにああ、と口にして視線を下に落とした。

「昔、ここで瑪瑙(めのう)を見つけたことがあるんだ」

「瑪瑙?」

 アクセサリーに加工されたものが先に浮かぶ。なんとなく、くすんだ赤色の宝石のイメージだ。たしか鉱山の一種で、日本でも採れるところがあるというのは知っていたけれど。
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