強引専務の身代わりフィアンセ
「……靴大丈夫ですか?」

 それを悟られたくなくて、ぶっきらぼうに私は聞いた。

「そんなに深くなかったし、防水加工をしているものだから心配しなくていい」

 言葉通り受け取っていいのか悩んだが、とりあえず顔をゆるゆると上げる。

「ありがとうございます、叶えてくださって」

 私はわざとらしく体の向きを変えて、今渡ってきた向こう側を見た。そんなに距離はないのに、視界が、世界ががらりと変化した。さっきまで自分たちが立っていた場所を不思議な気持ちで眺める。

 川のせせらぎ、わずかに風が吹くと、その存在を代わりに主張するかのように葉擦れの音がする。時間がゆったりと流れているような、のどかな風景だった。つい数時間前までの人為的な世界が嘘みたい。

「ここに来たのは久しぶりだが、あまり変わらないな」

「久しぶり、なんですか?」

 ぽつりと呟く専務に私は尋ねた。すると彼は軽く肩をすくめる。

「どうしたって仕事が忙しいからな。だから、今日は来れてよかったよ」

「……どうして私をここに連れてきてくれたんですか?」

「つまらなかったか?」

「いいえ。そういうわけではないんですけど」

 私は慌てて否定した。深い意味も、理由なんてないのかもしれない。ただ専務にとって久しぶりにここに来るいい機会だっただけなのかも。
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