強引専務の身代わりフィアンセ
　専務はなにも言わずに私の方に歩み寄ってきた。私は徐々に近づいてくる専務に合わせて視線を上に向ける。彼が一歩近づくたびに石を踏む音が耳につく。

　そして思ったよりも至近距離で専務は私の前に立った。私もなにも言えずに彼の整った顔を見つめるしかできない。そっと彼が私の髪に触れて、少しだけ腰をかがめて顔を近づけてくる。

　彼の動きがやけにゆっくりに目に映る。私は瞬きも声を出すこともできない。けれど自分の中のなにかが、寸前で警鐘を鳴らした。

「美弥さんとも来たからですか？」

　なんでもよかった。とにかくこの流れを壊さなければと思った。だから口を衝いて出た言葉は、さっきの質問の答えを、自分なりに考えたものだった。

「どうだろうな」

　専務はすっと私から離れると、いつの間にか手に持っていた葉っぱを離した。私の髪についていたらしく、それを取ろうとしてくれたようだ。

　勝手に意識してしまった自分を心の中で叱責する。それにしても、私は流れだけではなく、空気も壊してしまった。

　どことなく気まずい雰囲気が流れる。それを跳ねのけるように履いてきていたパンプスを脱いだ。ストッキングをどうするか悩んだが、これくらいならハンドタオルで拭いてしまえばいい。

「帰りは自分で歩きます」

　宣言するように専務に告げると、彼は目を丸くしたあと、軽く笑ってくれた。そのことに言い知れぬ安心感を覚える。

「また転んで、落ちるかもしれないぞ？」

「だ、大丈夫です！」
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