強引専務の身代わりフィアンセ
「婚約者なんだから、指輪は必要だろ」

 重厚なケースから顔を覗かせたのは、絶妙なカーブを描いたデザインに、大きな宝石のついた指輪だった。

「あ」

 光を中に閉じ込めたかのように輝くダイヤの横に、添うように深い青の宝石が目に入る。サファイヤだ。どうして私の好きな石を、誕生石を専務が知っているのか、と尋ねようとしたところですぐに思い留まった。

 たしか、美弥さんも九月生まれだ。この指輪は美弥さんのために用意されたものなんだ。

 専務が慣れた手つきで指輪をケースから取り出すと、ごく自然に反対の手で私の左手を取ろうとした。でも触れられる直前で、逃げるように私は手をよけた。

 一瞬、専務が戸惑ったのが伝わってきたが、それには気づかないふりをして、専務の手にある指輪を右手でそっと取る。

 そのまま私は自分の左手の薬指に指輪をはめた。幸いなことにサイズはぴったりだ。

「サイズは大丈夫みたいです。ちゃんとこの依頼が終わったらお返ししますね。傷をつけないように気をつけますから」

「……ああ」

 専務の顔がまともに見られず、不自然でないように前を向いた。ややあって車が動き出す。影に止まっていた車に光が差し込んでくるので、私は眩しさに顔をうつむかせた。

 さっきの態度は失礼ではなかっただろうか、不自然じゃなかっただろうか。行動を起こしてからそんなことばかり気にする。おとなしくはめてもらえばよかったのに。

 けれど、できなかった。いけない気がして、怖かった。専務に指輪をはめてもらうのが。

 はずすときは必ず来て、そのときは自分ではずすのだ。だからつけるときも自分ではめるのがいい。私の左手の薬指で大好きなサファイヤが憂いを帯びたような青い光を放っていた。
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