強引専務の身代わりフィアンセ
 適当に言葉を濁そうとしたところで、専務と視線が交わった。真剣な表情をこちらに向けてくる彼に、言葉が自然と衝いて出る。

『……けど、Im.Merは別格ですね。色のついた天然石ってとくに若い方はどうしても敬遠しがちなのに、アンティーク調のデザインとゴールドと組み合わせることで、あんなにも身につけやすくなるなんて。カボションカットやバケットカットを利用して宝石を最大限に見せることで、シンプルさとは真逆に、個性が出ますし。リングもネックレスも重ね付けできるようになっているのもいいと思います』

 つらつらと、まるで入社試験の面接のごとく私は答えた。彼の大きな瞳が、意外そうに揺れたのを見て我に返る。

『そう言うわりには、ひとつも身につけていないんだな』

 視線を上下に動かし、確かめるように見つめられ頬が瞬時に熱を帯びた。

『残念ながら、機会がなかったので。すみません、失礼します』

 気がつけば専務の存在に、あちこちから視線が集まってきている。私はそそくさと彼から離れ、何事もなかったかのように歓迎会の輪に戻っていった。それを待っていたかのように彼の周りには、また人が集まっていた。

 専務と話したのは、その一回だけ。きっと彼は私と話したことなんてもう忘れている。私は彼とは真逆で、ぱっと見ただけでは、あまり印象に残らない。十人並み。

 でも、それが私の武器であり、もうひとつの仕事をするうえでは重要なことだった。

 会社の外に出ると、もわっとした空気が全身を包み不快さで顔を歪める。太陽は見えないが、辺りは十分に明るい。

 夏の訪れとともに日の時間が長くなっていく。どちらかといえば冷え性なので私にとっては冬より夏の方が好きだった。
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