強引専務の身代わりフィアンセ
 すると同じエレベーターに乗っていた六十代くらいの貴婦人から、小さな笑い声が漏れた。

「仲がいいのね、羨ましいわ」

 嫌味でもなく純粋に言われた言葉に、なんだか居た堪れなくなって、私はつい謝罪の言葉を口にした。

「すみません」

「いいえ。仲がいいのはいいことよ。私も夫について来たのだけれど、こういう場所に女性を連れてくるなら、男性はそれなりの気遣いと優しさを見せないと駄目よ。これからもずっと一緒についてきて欲しいならね」

「そうですね、心がけておきます」

 女性が専務に茶目っ気まじりに伝えると、専務は無表情ながらも、軽く目を閉じて答えた。そして停まった階で、彼女が先に降りていく。

「また、どこかでお会いできるといいわね。素敵な夜を」

 笑顔で手を振ってくれたので、私は軽く頭を下げた。年の功というか、あの女性はこういう場に慣れているんだろうな、というのが伝わってくる。

 私はこの一回きりだけど、専務と結婚する女性は大変だな、と改めて思った。美弥さんなら、こういった場にもきっと慣れているんだろうけど。

 そこでエレベーターが目的階についたので、緊張しながらも専務と部屋に足を進めていく。

 専務と一緒の部屋に泊まる、と最初に聞いたときはさすがに躊躇ったし焦ったけれど、部屋の中に、さらにいくつか分かれて部屋があると聞いて、安心したような、そういう問題ではないような、とも思ったり。

 けれど仕事と割り切って納得することにした。どんな部屋なのかと興味もあったし、なにより父が心配するようなことが専務と起こるなんて、どう考えてもありえない。
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