強引専務の身代わりフィアンセ
 食事が済んで一式下げてもらったあと、それぞれ自由気ままに過ごす。といっても、専務はダイニングテーブルでパソコンと向き合っていた。

 おそらく仕事だろう、リズミカルな速いタイピング音が響いて、私がここにいてもいいのかと悩む。

「美和」

 そんな迷いがバレたのかと思って慌てて専務の方を向いたが、彼は画面から視線を外さないままだった。

「シャワーを浴びるなら先に使えばいい」

「っ、いえ。私はあとでかまわないです。一樹さんが先に使ってください」

「俺はまだすることがある」

「ですが……」

 依頼者を差し置いて、先に入ってもいいのだろうか。それを素直に伝えるか言いよどんでいると、ようやく彼の顔がこちらを向いた。鋭い眼光に息を呑み、余計な考えは消える。

「では、お言葉に甘えます」

「どうぞ」

 こうなったら、逆にさっさと入ってしまおう。踵を返そうとしたところで、あることが気になった。

「すみません、一樹さん。今日お借りしたアクセサリー類はどうしましょうか?」

 さすがに、そこらへんに置いておくわけにもいかない。すると専務からジュエリーボックスに戻すように指示され、私はこの場ではずしていくことにした。

「べつにそんな急がなくてもいいぞ」

「いえ。なにかあっても大変ですし」

 先にイヤリングをはずし、続いてネックレスをはずそうと手を後ろに回す。するといつの間にか立ち上がっていた専務がゆっくりとこちらに近づいてきていた。

 おかげで、なにか不手際があっただろうか、とますます気が逸る。
< 75 / 175 >

この作品をシェア

pagetop