強引専務の身代わりフィアンセ
 結果的に、早く出ようと思ったのに、私は存分にバスタイムを満喫してしまった。揃えられたアメニティはどれも上質なもので色々と試してみたくなったのもあったり。

 それと、さっきの今で専務と顔を合わせるのが気まずい気持ちもあった。

 肌触りのいいガウンに腕を通して、髪を乾かしはじめる。丁寧にドライヤーを当ててみるが、やはり毛先がうねってきた。毛先を引っ張りつつ、今はどうしようもない。また明日の朝、アイロンでまっすぐにしないと。

 すっぴんなのが、気になったがもうしょうがない。意を決してバスルームから出ると、専務は先ほどと同じようにダイニングテーブルで作業を続けていた。

 けれど私の気配か、ドアの音か、こちらに気づいた専務が手を止めたので私は頭を下げる。

「お風呂先にありがとうございました」

「ああ」

 軽く返され、私はここで言いそびれていたことを思いだした。

「あの一樹さん。私、寝るのは、寝室の奥の部屋を使わせてもらってかまいませんか?」

 あそこにあったソファは、大人ひとり寝ても余るほどの大さだった。お行儀がいいとは言えないけれど、なにかかけるものでも借りられたら、私には十分すぎるベッドになる。

「俺がそっちを使うから、美和が寝室を使えばいい」

 けれど、まさかの返答に私は血の気が引いた。

「それは駄目です! 私が使います」

 すぐさま声を荒げて返すと、専務は面倒くさそうな顔をして立ち上がり、先ほどと同じようにこちらに歩み寄ってきた。その顔はどこか険しい。
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