強引専務の身代わりフィアンセ
「ただいま」

「おかえり、美和。打ち合わせ前に資料には目を通しておいてくれた？」

　帰宅すると、仕事帰りの娘に対する労いはなく、母は早々にもうひとつの仕事の話を始めた。母にとってはこちらが本業なんだから気が焦るのもしょうがない。

　私の両親は小さな芸能事務所「オフィス・ベルベリー」を経営している。誰もが知るような有名タレントが所属しているわけではないけど、大手との繋がりもあり、それなりの仕事が回ってくるので、細々と活動している。

　その仕事には私は昔からほぼノータッチだ。両親も子どもを無理に芸能界に関わらせようとはしなかったし。

　むしろ土日も関係なく忙しい両親の仕事を幼い頃は恨めしく思ったりもしたけれど、子どものときの話だ。私はこの九月でもう二十五歳になり、ふたつ下の弟は、今は家を出て就職している。

　ただ、うちの事務所は、もうひとつ違う形で人材派遣を行っている。私が手伝っているのはそちらだ。表立って活躍するタレントとは正反対の仕事。それは――

「新婦さんの希望としては、高校時代の友人としてエキストラ四人ってことだったよね？」

「そう、できればひとりには着物を着て欲しいみたいなの。それは真紀(まき)ちゃんにお願いしてるから」

　確認するように母に尋ねると、素早く返事があった。最近、本業よりもこちらの方が忙しいのでは、と思うこともしばしば。うちは芸能事務所を営む傍ら、代行業も請け負っているのだ。

　代行業というのは、たとえば結婚式の代理出席などが一般的によく知られている。事情あってその日だけ依頼者の友人や親族になり切って代行するのだ。

　ほかにもイベント主催者から成果を残すために、ある程度の参加人数が必要なため、会場に人数を寄越してほしい、との依頼があったり。

　あまり知名度の高くないアイドルの屋外コンサートにファンとして参加して欲しいというものなど、内容は多岐にわたる。
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