強引専務の身代わりフィアンセ
「み、耳が弱いんです。だから触らないでください!」

 早口で、宣言するかのように私は大きく告げる。すると専務は意表を突かれたような顔になった。

「もしかして、バスルームに行くときに……」

 指摘され、頬がかっと熱くなった。しかし、もうここで下手な見栄を張っても一緒だ。

「そうです、昔から耳だけは駄目で。だからイヤリングとかもあまりしなれてなくて」

 さっき専務に触れられそうになって過剰反応してしまったことを思い出す。妙な内容の告白に私は恥ずかしさで自棄になっていた。

 なにが悲しくて、専務にこんな自分の弱点を晒さなくてはいけないのか。

「と、とにかく。お話は済んだので、私は部屋に戻ります。専務もお疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」

 とりあえず体を起こして、この場を去ろうとした。けれど瞬時に手を取られて、それをあっさりと阻止される。

「なに、逃げようとしてるんだ?」

「に、逃げようとなんてしてません。ちゃんとお話したじゃないですか」

「まだ、足りないだろ」

 掴まれた手を、わざとらしくぶんぶん振ってみるものの、離してもらえず、それどころか、掴まれていない方の手で軽く肩を押された。

 完全なる不意打ちに、私はベッドにまた体を預けることになった。そして素早く専務が、逃げないように覆いかぶさってくる。

「専務」

 まさか、再び組み敷かれることになるとは思ってもみなかったので、私は不安げに彼に呼びかけた。
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