強引専務の身代わりフィアンセ
「美和がいてくれて、今日は助かった。だから、明日もこうやって傍にいてくれたらいい」

 依頼者として、というよりそれがあまりにも彼の素のように聞こえて、私は彼の胸に埋めていた顔をそっと離した。すると背中に回されていた手がゆっくりと頭に置かれる。

「おやすみ、美和」

 続けて耳元で囁かれた穏やかな声に、小さく鼻をすすって、ためらいがちに返す。

「……おやすみなさい、お疲れ様でした」

 一緒に寝る、とは言ったもののこの体勢は想定外だ。広いベッドで恋人同士でもないのに、こんなふうにくっついて寝る必要なんてどこにもないのに。

 けれど、早鐘を打っていた心臓はいつの間にか落ち着きを取り戻し、微睡みを運んできてくれる。優しく髪を撫でてくれる彼の手が心地よくて、なんだかすごく安心できた。

 子どもみたいな扱いだけど、嫌じゃない。彼と気まずい空気の中で婚約者を演じるくらいなら、こうして甘やかされながらも、ひとときの婚約者になりきるのも悪くはないのかもしれない。私は必死に自分で言い聞かせた。

 そっか、彼は婚約者をこうやって甘やかすんだ。

『思う存分甘やかしてやる。仕事だって忘れるほどに』

 彼の言葉が頭が過ぎる。本当に忘れそうに、忘れてしまいたくなる。だけど、そういうわけにもいかない。私は美弥さんの代わりで、ここにいるんだ。

 ちゃんとわかっているから、と言い訳しながら、今だけは素直に甘えることにした。今日は緊張していたのもあって疲れた。だから無理に抵抗することもない。私は彼の温もりを感じながら、静かに瞳を閉じた。
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