強引専務の身代わりフィアンセ
「いえ、その。こんなこと言ったら一樹さんは怒るかもしれませんけど、会社でのあなたは、仕事が一番って感じで、どこかクールというか、あまり隙がなさそうなので……」

「そんなこと全然、ないけどな」

 真っ向から否定すると、彼はコーヒーのカップを持ち上げて続けた。

「仕事のことはともかく、わりと後先考えずに行動するところもあるし、感情的にもなる」

「そう、なんですか」

 曖昧に返しながらも、それは昨日の夜、嫌というほど思い知ったような。あれは彼にとって魔が差したということなんだろうか。思えば、川に一緒に行ったときだって私を抱きかかえて渡ろうとしたりするし。

「失望したか?」

 投げかけられた問いかけに私は目をぱちくりとさせながらも、軽く笑った。

「いーえ。冷たくて近寄りがたい雰囲気よりも、今の一樹さんの方がよっぽどいいと思います」

「なるほど。美和は俺のことをそう思っていたわけだ」

「一樹さんの場合、そう見せてるところもあるんじゃないんです?」

「そうかもな。仕事で接する人間にまで全部を見せなくてもいいだろ。元々執着するものとしないものとの差が激しかったりするから、冷たく見られるのもしょうがない」

 私もこの依頼を引き受けなければ、彼の婚約者役をしなければ、一樹さんのことを冷たい人だと、勝手なイメージを抱いたままだったと思う。

 彼の仕事仕様ではない部分も知ることができて、それだけで今回の仕事をしてよかったな、と思った。そして、その考えは、すぐに別の角度に移る。

 プライベートで、ずっと親交のあった美弥さんは、そんな彼をとっくに知っているし、わかっているに違いない。そんな結論に至ると、なぜか胸が軋んで苦しくなった。
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