王太子様の策略に、まんまと嵌められまして~一夜の過ち、一生の縁~

……味なんて、まったくしなかった。

美味しいはずなの。
これまで、この料理を目当てに夜会に参加していたんだもの、不味いなんてことは、まずもってあり得ない。

なのにどうしてか、まったく味がしなくて、無理矢理身体の中に詰め込んだような作業になってしまった。

私の心臓は食事のあいだ中激しく打ち鳴らし、料理の味ももちろんファリス様との会話の内容も、ほとんど覚えていない。

でもそれは記憶がないのではなく、その場にいてしっかりと意識はあるのに、心のざわめきがうるさくて煩わしく感じていたからだった。


きっと今日一日の劇的な環境の変化に、心がついていってなかったのだろう。

完全なキャパオーバー。
なにもかも受け止めきれなくなって、身体がおかしくなってしまったのだと思う。


できることなら、ゆっくりと頭の中を整理する時間が欲しい。

心、穏やかに過ごせる時間が。


しかしそんな願いも、当分叶えられることはないのだろう。


……こんな状態で、私大丈夫なのだろうか。
この状況に耐えられるのだろうか。


こうして唐突に、不安な思いを抱えたままで、城での生活が始まってしまったのだった。

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