汽笛〜見果てぬ夢をもつものに〜
ドトールに入ると三人は1番奥の席を陣取り龍二に冷たい視線を投げ掛けた。

「社長、皆さん、この度は遠路遥々申し訳ございません」
龍二は先ず謝罪した。
野田以外は初めて見る顔だったので名刺交換をした。
一人は中部の中沢、もう一人は株式会社リエゾン代表取締役の高石と書いてあったが業種など分からない名刺だった。

そして口を開いたのは野田だった。
「常務、木内社長は?」
「あいにく所用で出掛けておりいないんです、前々から決まっていたことなんでどうしても外せなくて…」
野田が遮った。
「前々から決まっていたのは我社との取引もですよ!」
「おっしゃる通りです」
「先ずは木内社長に連絡して頂けないですか?」
龍二は仕方なく木内に電話を入れた。
しかし、木内は電源を切り繋がらない状態だった。
自宅にも電話したが誰も出なかった。
龍二は木内が逃げると予想はしていたのでさして驚きもしなかった。
「出ないですね、と言うより電源切れてまして…」
「逃げたんですか?」
「いや、所用で山間部にいるので電波が悪いと思います」
「自宅に隠れてるんじゃないですか?」
「それはないです、今も言いましたが所用で出掛けています」
「自宅まで案内頂けませんか?」
「実は私も自宅が分からないんですよ」
知っていたが惚けた。
「でも住所なら分かるでしょう、会社に行けば分かると思いますが」
「そうですね、分かるでしょうね、でも案内はしません、行ったところで不在ですから」
と、その時、高石が口を挟んだ。

「まあまあ野田社長、ここは廣岡常務を信用しようじゃないですか」
「社長がおっしゃるんならお任せします」
軽く頷き、
「ところで常務、会社に案内して頂けませんか」
「高石社長、申し訳ありませんが御社と弊社の取引はございませんのでここでお話しましょう」
「常務、そんな言い方は失礼じゃないですか!」
野田と中沢が突っ掛かってきた。
「まあまあ社長に部長、常務は最もなことをおっしゃってるんですからそうカリカリしないで下さい」
二人を制し龍二に再び対峙し、
「常務、実は御社と中部トレーディングとの間にある売掛債権を弊社が代行することになったんです」
そして、鞄を開け一枚の書類を取り出した。
債権譲渡書と書かれた書類だった。

龍二は目を通し言葉を選びながらいくつか質問した。
「高石社長、と言うことは弊社と野田社長のところはもう何もないことになりますね?」
「法律上はそうなります」
「ではお引取願います」
「なんだと!この野郎!」
中沢が怒鳴った。
「貴様、誰にもの言ってんだ!」
龍二も直ぐさま切り替えした。
割って入るように野田が、
「常務、中沢が失礼しました、中沢詫びろ!」
「申し訳ありません…」
「まあいいでしょう、元はうちにありますんで」

しばらくの沈黙後、高石から、
「常務、お互い綺麗にいきましょう、一回会社を案内頂けませんか?何もしないし喋りませんから」
「分かりました、ただし従業員が挨拶すると思いますが挨拶以外は言葉を交わさないことと備品にも一切触れないと言う条件なら」
「いいでしょう」

事務所と海幸や、そして海幸やの斜向かいにある建築中の新事務所兼物販及びテイクアウト店舗を案内した。

再び四人でドトールに戻ると高石が、
「常務、支払が滞っているのに何で建築できるんですか?」
「融資を受けたからですよ」
「余ってないんですか」
「ええ、余っていれば支払しますから」
「やはりここまでくると木内社長と会わない限り帰れませんね」
「何度も言いますが木内は不在で私が名代です」
「最終決定権も常務が名代ですか?」
「それはありません」
「それなら常務、どうするおつもりですか?」
「とにかく現状支払えるお金はありません、待って頂くしかないのが現状です、ご理解頂きたい」
「それは承服しかねます」
「では、どうしろと?」
「会社の財産になるものを差し押さえさせて下さい」
「承服できません」
「では、仕方ないので常務の身体を預かります、木内社長が来られるまで一緒にいて下さい、何時間でも何日でも」

この時、龍二は高石の本当の稼業に気付いた。
「軟禁ですか、それとも監禁かな、いいですよ」
「では一緒に来てもらいます」

その後8時間、龍二は軟禁されていた。

流石に高石達三人も疲れが来たのか話し始めた。
「常務、木内社長にはいつ連絡を取って頂けるんですか」
「今日は無理ですね、先程も言いましたが木内は不在なんで、それとも私を静岡まで連れて行きますか?」
「いえ、それはしませんが私共としても保全が必要です、何かないですかね」
「高石社長、ずばり聞きますが組織の人でしょう?」
高石は黙ったまま龍二を直視した。
「オフレコですから」
実際、組織の人間つまりヤクザだと分かるだけで軟禁をしたとなると犯罪になる。
だから龍二はあえてオフレコと付け加えていた。

「以前は…」
「いや、現役でしょう、もし違っていたら私の目が狂ったことになる」
高石は追い詰められた表情をしていたがやがて、
「それは今回の事と関係ないのでは?」
「高石社長、もし組織の人間なら金貸しもやっているでしょう、私に200万貸してくれませんか?それで支払ますから」

その言葉に、高石は驚愕した。
「常務、何でですか?木内社長を出せば済むんですよ」
「絶対出しません!被れるものは私が被ります、それが私のやり方です」
高石はこの言葉に感動していた。
「常務…いや廣岡さん、参りました!そう、私は谷口組清龍会執行部の人間です、それが私の肩書です」
そう言いながら何と言う人間なんだ、と思っていた。
この男は信用できる、そう考えたが何の保全もなく貸すのにはやはり桁が大きいので抵抗があった。
しかし見透かすように龍二が言った。
「高石社長、こんなことも無きにしもあらずと思い、自宅マンションの権利書を持ってきました、お預けしますから如何ですか?」

この時、高石は龍二を本当に信用できると思った。
また、野田も中沢も凄い衝撃を受けていた。

「常務、今どきヤクザでも8時間軟禁すればケツ割ります、何故そこまで」
「木内はどうでもいいんです、ただ従業員とその家族を考えたら私が被らないと守ってやらないと、それだけですよ」

三人は木内が逃げた、と核心していた。
しかし龍二には敢えて聞かなかった、と言うより聞けなかった。
龍二が従業員達に対する想いがあまりにも木内と違うため、木内の話題を出す気にもならなかった。

そして翌日、龍二は木内と相対していた。
「常務、昨日は電話がおかしくて繋がらず参ったよ」
「そうですか、大変でしたね」
「ところで静岡のチンピラ達とはどうしたんだ?」
そういうお前はチンピラ以下だ…龍二は腹の中でほくそ笑んでいた。
「話し合いで解決しましたから」
「待つと言うのか?」
「そうです、誠意は石をも砕くんです」
そう言いながら心で呟いていた。
お前に何が分かる…
腰抜け野郎が…
このとき龍二は、タイミングが来たら木内の前から姿を消そう、そう決心していた。

その後、高石は無利息で龍二に200万を貸し中部トレーディングには間違いなく入金された。

木内には二週間後、中部トレーディングが集金に来るから用意するよう伝えた。
期日に200万を木内から預かり高石に返済した。
TKエンタープライゼスは再三の危機もまた龍二の行動で乗り越えた。
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