汽笛〜見果てぬ夢をもつものに〜
2006年1月
年が明け新年の汽笛が自由ヶ丘駅一番列車から木霊した。
しかし、正月気分もつかの間、慌ただしい日々が始まっていた。
再三再四、際どい状況が続くTKエンタープライゼスも木内の良く言えば人が良く腰が低い、悪く言えば八方美人の詐欺師な性格が吉と出て新たな飲食業務を開始することになった。
内容は宅配専門のうな重である。
木内が輸入業者である株式会社日新フーズ社長の高嶺貞夫と良好な関係を築き中国や台湾産の蒲焼うなぎを安く仕入できる段取をとった。
その旨を龍二とミーティングし、どう販売するか考え、宅配でやることに結論付けた。
その業務を龍二が調理から企画営業をし共に担当する社員として中山卓也を知り合いの飲食店からヘッドハントし龍二のアシストに置いた。
テイクアウト店、物販店は龍二の直属の部下、中山が宅配店と龍二の思惑通りになりつつあったが、雪村が快く思わず店舗スタッフを目の敵にし始めた。
しばらくすると、何を思ったか木内は雪村に感化されテイクアウト店を突然廃業した。
納得いかない龍二は木内に掛け合い廃業することに異義を申し立てたが相変わらずの独裁で覆らなかった。
しかし、日々の業務は続けていかねばならず、従業員に悟られまいとポーカーフェイスを貫いた。
そんな状況になり、各スタッフの表情が日々険しくなっていく姿に胸を痛めたが、心の底で懺悔をしながらタイミングを待った。
その頃から各スタッフは、雪村から聞いていた龍二の人間性が間違いであることに気付き始め、しだいに本音を語り合うようになる。
物販店は会社の資金が足りず仕入困難な状況になりながらも固定客が付き始め可もなく不可もない状況が続いた。
宅配店も売上は上々で卸売と共に僅かな黒字を計上していたが、木内が始めた海幸やだけはいつまでも赤字が続いていた。
桜の花が咲き始める三月、日新フーズが経営していた銀座一丁目にある飲食店をTKエンタープライゼスで引き継いで欲しいとの打診を受ける。
赤字が嵩み家賃が払えない状況が続いているらしく、木内と雪村は諸手を上げ賛成したが、龍二は現地周辺のリサーチと日新フーズからの売上台帳などを確認してから、と留保の姿勢をとった。
店舗は僅か10坪で席数は22席、ランチと夜で周辺客単価を考えると10万がいいところだ、と龍二は位置付けた。
原価率を25%に抑え、厨房一人、ホール二人、両方の補佐一人で回し、その他経費を考慮してもギリギリ黒字になると結論付けた。
大きい利益は生まぬが銀座に店舗を構えることで会社の信頼性が増すと考え龍二も賛成した。
木内は龍二を厨房、中山をホール責任者に据え、若いスタッフを配置しスタートをすることになった。
自由が丘のうな重は物販店で魚を捌いていた高橋が受け継ぐ。
銀座の店舗を木内は当初うなぎ屋にしたく名前も「うな重弥平」にしたが、一週間経過しても数字が上がらないので、龍二と中山で居酒屋へ移行するよう木内に進言し店舗名からうな重を消し「弥平」となり、焼鳥などサラリーマンが好むメニュー作りをして成功することとなる。
この居酒屋への移行により木内の先見性の無さを気付き始めた従業員達もしだいに龍二寄りとなり始める。
そんなある日、自由が丘の本社で木内と龍二のミーティング時に、店舗スタッフに対しネガティブな発言が見受けられ、これは雪村の仕業だ、と龍二は気付き、統率を取るには雪村の解雇しかないと考え進言する。
しかし、当然のことながら木内は聞く耳を持たず話しは平行線で人事へと移行する。
龍二が再び本社、中山が海幸や、高橋が銀座と勝手に決めるが、この人事に高橋が銀座へ行くなら辞職したいと言い退職した。
その後、経理台帳やデータ管理のミスが幾つか発覚し、雪村の補助をしていたスタッフに責任が及ぶ。
これについて責任者は雪村であり、龍二は木内・雪村とミーティングをしたが雪村は、スタッフのミスで自分も困っている、との発言があり木内はスタッフの解雇もしくは業務移行を龍二に命じる。
龍二は雪村の責任者管理不足を指摘した。
そして、龍二が珍しく言葉を荒げた。
「雪村、お前の管理不足が最終的な責任なんだ、スタッフに転嫁するのはやめろ」
「常務、お言葉ですが私は間違いなく業務を遂行しています、任せたことを出来ない人間などいらないと思います、社長如何ですか?」
「雪村の言う通りだ、子供を迎えに行くからと毎日夕方に帰る奴などいらん」
この言葉に龍二は真っ向反論した。
「社長いいですか!このスタッフはそれを条件に弊社に入社したんです、他の従業員達も皆同様に条件下の元に就業しています、それを言うのは間違いであり私は納得できませんので各スタッフは私の下で就業してもらいます」
「何だと!刃向かうのか!」
「刃向かっているのではなく、従業員達を育てるのが上司の努めと言ってるんです」
「苦労かける奴に何だかんだと言われる筋合いはない!」
「苦労はお互い様です!」
それだけ言うと龍二は押し黙った。
このままでは納まりが付かなくなると感じたからだ。
しかし木内の独演は延々続いた。
最終的には業務移行で落ち着いたが、雪村との間には決定的な溝ができた。
その後、雪村の陰険なやり方に数名のスタッフが退職することとなった。
龍二は守れなかったことに心を痛め、小さいながらも退職する数名の送別会を開催した。
二次会でスタッフから、
「常務、入社した時はホント大っ嫌いでした!でも今は大好きです!」
そんな言葉が龍二は嬉しかったが、懺悔の気持ちを強くしトイレに立ち一人で泣いた。
2度とこのような事態を起こさぬよう努力しようと考えた。
そんなさなか、今度は、生命保険会社の地下食堂街へ出店を木内の独断で決める。
本社事務所も何故か麻布への移行が決められ、もう龍二は反対する気力も無くなっていた。
新たな店舗の総責任者に龍二は据えられ計画全てを木内から丸投げされる。
龍二はこれで終わりにしようと心に決め辣腕を奮った。
立地リサーチから地下街の他店舗を隈なく調べデータ収集をし、それを元に事業計画書を作成した。
木内は店を出す、と言うばかりで事業計画など立てたりすることは無かったが最後は自分の趣味に走っていた。
それは海幸やの失敗を物語る要因であると龍二は分かっていた。
それから、新たな飲食店のオープンを一ヶ月後に控えた頃、龍二直属部下のスタッフを龍二の意向で会社を辞めさせ、他社へ就職させた。
「これで直属の部下達は全て去った、最後は俺がオープンしたら辞めよう」
そう決めていた。
オープンまでが仕事だが、飲食店のカラーは木内のカラーで失敗は見えていたので決断した。
2006年8月
オープン三日後、龍二は木内に電話をする。
「社長、具合悪いので今日は行きません」
「何?オープンしたばかりで何考えてるんだ!」
「もう二度と行きませんから」
「お前殺すぞ!」
木内は声を荒げた。
「どっちが強いかなぁ、木内さん…俺は強いぜ、静岡が来たときも逃げなかった、誰かと違って」
「何訳の分からんこと言ってるんだ!許さんぞ!お前だけは絶対許さん!」
「血圧上がりますよ、もううんざりですから」
「とにかく一度来い!」
「行ってもらち開かないですから行きません、金銭的にも精神的にも疲れましたよ」
「お前のせいでこうなったんだろが!無能野郎!」
「雪村と億単位の横領の証拠を掴んだデータもありますよ(笑)」
「でっち上げだ!お前達の罠だ!」
「だから血圧上がりますよ(笑)とにかく俺は人殺しだけはしたくないので弁護士付けました、弁護士から会うなと言われてますんで行きませんよ、後は東京地裁で会いましょう」
「何だと!恩を忘れたのか!」
「その言葉、そっくり返します」
「お前ただじゃ済まさんぞ!」
「どうぞ、やれるもんならやって下さい」
「この恩知らずが!」
「どちらが正しいか裁判所が判断します、民主国家ですから」
「貴様、覚えておれ!」
「忘れないですよ、横領に限らず、通帳や決算書など違法データは全て持っていますからお忘れなく」
しばしの無言があり電話は切れた。
龍二は終わったな、と感じていた。
しかし、感慨深さは何も無かった。
全ての財産を失い無職になっちまった、と一人心で笑っていた。
高い授業料だったが間違いなく龍二は更に強くなっていた。
そして、久しぶりに昼間からポロシャツにジーンズ、スニーカーという軽装で新宿や渋谷を歩いた。
何をするでもなくぶらぶらした。
街は相変わらず忙しく動めいていたが、行く宛のない自分が清々しかった。
山手線渋谷駅、行き交う人でホームがごった返す時間帯に響く汽笛の音色は生きるようとする人間の力を鼓舞するように聞こえた。
年が明け新年の汽笛が自由ヶ丘駅一番列車から木霊した。
しかし、正月気分もつかの間、慌ただしい日々が始まっていた。
再三再四、際どい状況が続くTKエンタープライゼスも木内の良く言えば人が良く腰が低い、悪く言えば八方美人の詐欺師な性格が吉と出て新たな飲食業務を開始することになった。
内容は宅配専門のうな重である。
木内が輸入業者である株式会社日新フーズ社長の高嶺貞夫と良好な関係を築き中国や台湾産の蒲焼うなぎを安く仕入できる段取をとった。
その旨を龍二とミーティングし、どう販売するか考え、宅配でやることに結論付けた。
その業務を龍二が調理から企画営業をし共に担当する社員として中山卓也を知り合いの飲食店からヘッドハントし龍二のアシストに置いた。
テイクアウト店、物販店は龍二の直属の部下、中山が宅配店と龍二の思惑通りになりつつあったが、雪村が快く思わず店舗スタッフを目の敵にし始めた。
しばらくすると、何を思ったか木内は雪村に感化されテイクアウト店を突然廃業した。
納得いかない龍二は木内に掛け合い廃業することに異義を申し立てたが相変わらずの独裁で覆らなかった。
しかし、日々の業務は続けていかねばならず、従業員に悟られまいとポーカーフェイスを貫いた。
そんな状況になり、各スタッフの表情が日々険しくなっていく姿に胸を痛めたが、心の底で懺悔をしながらタイミングを待った。
その頃から各スタッフは、雪村から聞いていた龍二の人間性が間違いであることに気付き始め、しだいに本音を語り合うようになる。
物販店は会社の資金が足りず仕入困難な状況になりながらも固定客が付き始め可もなく不可もない状況が続いた。
宅配店も売上は上々で卸売と共に僅かな黒字を計上していたが、木内が始めた海幸やだけはいつまでも赤字が続いていた。
桜の花が咲き始める三月、日新フーズが経営していた銀座一丁目にある飲食店をTKエンタープライゼスで引き継いで欲しいとの打診を受ける。
赤字が嵩み家賃が払えない状況が続いているらしく、木内と雪村は諸手を上げ賛成したが、龍二は現地周辺のリサーチと日新フーズからの売上台帳などを確認してから、と留保の姿勢をとった。
店舗は僅か10坪で席数は22席、ランチと夜で周辺客単価を考えると10万がいいところだ、と龍二は位置付けた。
原価率を25%に抑え、厨房一人、ホール二人、両方の補佐一人で回し、その他経費を考慮してもギリギリ黒字になると結論付けた。
大きい利益は生まぬが銀座に店舗を構えることで会社の信頼性が増すと考え龍二も賛成した。
木内は龍二を厨房、中山をホール責任者に据え、若いスタッフを配置しスタートをすることになった。
自由が丘のうな重は物販店で魚を捌いていた高橋が受け継ぐ。
銀座の店舗を木内は当初うなぎ屋にしたく名前も「うな重弥平」にしたが、一週間経過しても数字が上がらないので、龍二と中山で居酒屋へ移行するよう木内に進言し店舗名からうな重を消し「弥平」となり、焼鳥などサラリーマンが好むメニュー作りをして成功することとなる。
この居酒屋への移行により木内の先見性の無さを気付き始めた従業員達もしだいに龍二寄りとなり始める。
そんなある日、自由が丘の本社で木内と龍二のミーティング時に、店舗スタッフに対しネガティブな発言が見受けられ、これは雪村の仕業だ、と龍二は気付き、統率を取るには雪村の解雇しかないと考え進言する。
しかし、当然のことながら木内は聞く耳を持たず話しは平行線で人事へと移行する。
龍二が再び本社、中山が海幸や、高橋が銀座と勝手に決めるが、この人事に高橋が銀座へ行くなら辞職したいと言い退職した。
その後、経理台帳やデータ管理のミスが幾つか発覚し、雪村の補助をしていたスタッフに責任が及ぶ。
これについて責任者は雪村であり、龍二は木内・雪村とミーティングをしたが雪村は、スタッフのミスで自分も困っている、との発言があり木内はスタッフの解雇もしくは業務移行を龍二に命じる。
龍二は雪村の責任者管理不足を指摘した。
そして、龍二が珍しく言葉を荒げた。
「雪村、お前の管理不足が最終的な責任なんだ、スタッフに転嫁するのはやめろ」
「常務、お言葉ですが私は間違いなく業務を遂行しています、任せたことを出来ない人間などいらないと思います、社長如何ですか?」
「雪村の言う通りだ、子供を迎えに行くからと毎日夕方に帰る奴などいらん」
この言葉に龍二は真っ向反論した。
「社長いいですか!このスタッフはそれを条件に弊社に入社したんです、他の従業員達も皆同様に条件下の元に就業しています、それを言うのは間違いであり私は納得できませんので各スタッフは私の下で就業してもらいます」
「何だと!刃向かうのか!」
「刃向かっているのではなく、従業員達を育てるのが上司の努めと言ってるんです」
「苦労かける奴に何だかんだと言われる筋合いはない!」
「苦労はお互い様です!」
それだけ言うと龍二は押し黙った。
このままでは納まりが付かなくなると感じたからだ。
しかし木内の独演は延々続いた。
最終的には業務移行で落ち着いたが、雪村との間には決定的な溝ができた。
その後、雪村の陰険なやり方に数名のスタッフが退職することとなった。
龍二は守れなかったことに心を痛め、小さいながらも退職する数名の送別会を開催した。
二次会でスタッフから、
「常務、入社した時はホント大っ嫌いでした!でも今は大好きです!」
そんな言葉が龍二は嬉しかったが、懺悔の気持ちを強くしトイレに立ち一人で泣いた。
2度とこのような事態を起こさぬよう努力しようと考えた。
そんなさなか、今度は、生命保険会社の地下食堂街へ出店を木内の独断で決める。
本社事務所も何故か麻布への移行が決められ、もう龍二は反対する気力も無くなっていた。
新たな店舗の総責任者に龍二は据えられ計画全てを木内から丸投げされる。
龍二はこれで終わりにしようと心に決め辣腕を奮った。
立地リサーチから地下街の他店舗を隈なく調べデータ収集をし、それを元に事業計画書を作成した。
木内は店を出す、と言うばかりで事業計画など立てたりすることは無かったが最後は自分の趣味に走っていた。
それは海幸やの失敗を物語る要因であると龍二は分かっていた。
それから、新たな飲食店のオープンを一ヶ月後に控えた頃、龍二直属部下のスタッフを龍二の意向で会社を辞めさせ、他社へ就職させた。
「これで直属の部下達は全て去った、最後は俺がオープンしたら辞めよう」
そう決めていた。
オープンまでが仕事だが、飲食店のカラーは木内のカラーで失敗は見えていたので決断した。
2006年8月
オープン三日後、龍二は木内に電話をする。
「社長、具合悪いので今日は行きません」
「何?オープンしたばかりで何考えてるんだ!」
「もう二度と行きませんから」
「お前殺すぞ!」
木内は声を荒げた。
「どっちが強いかなぁ、木内さん…俺は強いぜ、静岡が来たときも逃げなかった、誰かと違って」
「何訳の分からんこと言ってるんだ!許さんぞ!お前だけは絶対許さん!」
「血圧上がりますよ、もううんざりですから」
「とにかく一度来い!」
「行ってもらち開かないですから行きません、金銭的にも精神的にも疲れましたよ」
「お前のせいでこうなったんだろが!無能野郎!」
「雪村と億単位の横領の証拠を掴んだデータもありますよ(笑)」
「でっち上げだ!お前達の罠だ!」
「だから血圧上がりますよ(笑)とにかく俺は人殺しだけはしたくないので弁護士付けました、弁護士から会うなと言われてますんで行きませんよ、後は東京地裁で会いましょう」
「何だと!恩を忘れたのか!」
「その言葉、そっくり返します」
「お前ただじゃ済まさんぞ!」
「どうぞ、やれるもんならやって下さい」
「この恩知らずが!」
「どちらが正しいか裁判所が判断します、民主国家ですから」
「貴様、覚えておれ!」
「忘れないですよ、横領に限らず、通帳や決算書など違法データは全て持っていますからお忘れなく」
しばしの無言があり電話は切れた。
龍二は終わったな、と感じていた。
しかし、感慨深さは何も無かった。
全ての財産を失い無職になっちまった、と一人心で笑っていた。
高い授業料だったが間違いなく龍二は更に強くなっていた。
そして、久しぶりに昼間からポロシャツにジーンズ、スニーカーという軽装で新宿や渋谷を歩いた。
何をするでもなくぶらぶらした。
街は相変わらず忙しく動めいていたが、行く宛のない自分が清々しかった。
山手線渋谷駅、行き交う人でホームがごった返す時間帯に響く汽笛の音色は生きるようとする人間の力を鼓舞するように聞こえた。