イジワル男子の甘い声
「今日も遅くなるから…」
歯磨きと洗顔を終えて、急ぎながら部屋でスーツに着替えたパパが私の顔を見ないままそう声を出す。
そんなもの、聞き飽きたよ。
「じゃあ、行って─────」
「行かせないっ!」
パパの鞄をギュッと捕まえて、大きな紺色の背中にそう叫んだ。
「…っ?!双葉?何言って…」
振り返ったパパは目を見開いてこっちをじっと見ている。
大好きだったはずのパパの顔なのに、違う人に見えてしまう。
きっとパパにも、前と違う私が映っているのかもしれない。
「今日は、お仕事には行かせないっ」
今でずっと、パパにわがままを言ったことはなかった。
男手一つで私を育てるために必死に仕事を頑張っているパパの迷惑にはなりたくなかった。