好きって言って、その唇で。
三話 体温、38.1℃。
まだ湿り気を帯びた洋服を纏ったまま、ダンボールに入ったプレゼン資料を抱えて歩いていた。
濡れたのはほとんどカーディガンとスカートの裾の方だけだったみたいで、カーディガンを脱いでしまえば水濡れに関しては大したことではなかった。それでも寒いものは寒い。
喉と頭の痛みには気付かないふりをして、肩で息をする。いつもより資料が重い気がして、持ち直そうとダンボールを揺らすと視界が歪んだ。
「えっ……!」
誰かの驚いた声が聞こえて、私は目を白黒させた。手からダンボールが離れていって、階段からばら撒かれる。それと一緒に私の身体も落下していることに気が付いて諦めて目をつむった。
軽傷で済みますように、そんな願いを込めて流れに身を任せていると強い力で腕を引かれる感覚がした。
ゴンッと鈍い音がしたわりに落下の衝撃はほとんどなかった。何が起こったのかわからずうっすら目を開けると、グレーのスーツと見覚えのある金髪が視界に入った。
「か、片桐さん……?」
呼ぶと、私の下敷きになった男が一瞬痛みに顔をしかめてパッと笑った。
「奈々子、怪我はない?」
そう言って私の頭を撫でる片桐さん。どうやら下の階から上がってきていた彼が受け止めてくれたらしい。
「だ……大丈夫です……」
クラクラする頭を押さえて、彼にもたれかかっていた身体を起こす。
顔を上げて、片桐さんの額から流れてくる赤い液体を見て私は一瞬言葉を失った。