好きって言って、その唇で。
「ち、血が、血が……ご、ごめん、なさ……」
「はは、ちょっとかすっただけだよ。大したことない」
慌ててハンカチを取り出して、手を伸ばして拭おうとすれば「汚れてしまうよ」とやんわりと手で制止された。こんな時までそんな気を使わなくていいのに。
「どうして、私なんか庇って……」
「好きな女性を守りたいと思って何がおかしい?」
何でもないと言ったふうに真顔で言ってのける男に、私はとんでもない罪悪感に襲われた。
この人はきっと、惚れっぽくても女性関係に奔放でも、本気で対象を愛していることには変わりないのだ。
それなのに、私は勝手に知らない人だからとか軽薄だとか苦手だなんて彼の気持ちを突っぱねてしまっていたなんて。
「奈々子、戻って来た時から調子が悪そうだった。身体も熱いし、熱があるのかもしれないね。すぐに医師を手配しよう」
「い、いや……私より片桐さんの方が……」
「平気だよ。頭は毛細血管が多いから出血しやすいんだ。すぐに治るさ」
額の血を手で拭って、笑う片桐さんを見たのを最後に私の意識は遠いた。