好きって言って、その唇で。
「片桐さん!」
歩く速度を上げていく相手の名前を引き止めるように叫んだ。片桐さんの足が止まる。
「どうして、いつもみたいに話しかけてくれないんですか」
「なな……堀中さん」
そう言って振り向いた片桐さんは酷く冷めたような目をしていた。もう名前すら呼んでくれない。
美形の迫力ある真顔を前に圧倒されそうになるけど、どうにかその場に踏み止まって聞きたかった疑問をぶつける。
「私のこと嫌いになりましたか」
自分で振っておいてめちゃくちゃなことを言っている自覚はある。けれど怒りの前に人間は冷静な判断はできない。
だから、つい口走ってしまったのだ。
「こんなに、私のこと好きにさせて飽きたら知らんぷりですか……!?」
そう言い切って、肩で二、三度息をして――我に返って手で口元を押さえる。下りてきた重たい沈黙に私は手を震わせてうつむいた。
まずいやばいダメだよこれは。何を言っているんだ私は。
「奈々子」
いつもよりワントーン低い声。
これから続く言葉を悪い方に悪い方にと考えてしまい、怖くて顔を上げられない。
この重い空気に耐えられなくて泣きそうになったところで、肩に優しく手を置かれた。