好きって言って、その唇で。


「出来れば君のことをもっと知りたいのだけど」


来た、色男の女を落とすための常套句。

恋愛ドラマでしか聞いたことのないようなセリフに私は苦笑いを零して、首を横に振った。


「僭越ですが、私はあなたに知ってもらいたいことはありません」

「Pourquoi?(どうして?)」


田舎から上京してきた人がふとした瞬間に方言が出てしまうのと同じように吐かれた呪文のような言葉。

恐らくフランス語だろう。


"片桐 伶斗は日本語が堪能だが、気を抜いた時にフランス語になる"。

噂に聞いた通り――そう。噂は噂。


「私、あなたのこと何も知りませんので」


見知らぬ誰かが発信した噂話でしか知らない。知らない人に教える自分のことなんて、何もない。


「それでは、私はこれで失礼します」


男の手を振り払って、深々と頭を下げて踵を返す。愛想のない可愛くない女だと見限ってくれて構わない。

むしろそれでいい、それがいい。


「……なんてクールで素敵な女性なんだ」


後ろからぽつり、と聞こえてきた声はどうか聞き間違いであって欲しい。



< 4 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop