不器用王子の甘い誘惑
8.酔いに任せて
 相当酔っていたと思う。
 誰かに迷惑をかけないように途中からお酒はセーブした。

 まさか松田さんと一緒に帰るとは思わなくて気を張って、コンビニで紅茶も買って。
 それなのに言葉まではセーブ出来なかった。

 じゃなきゃリアル王子様にあんなこと……。


「練習しますか?」

「練習??」

 何を言っちゃったんだろう。

 後悔が押し寄せて、松田さんなら練習しなくても、例えたどたどしくアプローチしたとしても、全てが絵になるような人なのに。

「冗談です。なんでもないです。」

「何が?気になるじゃないか。」

 笑われればいいや。
 調子乗っちゃったって笑い飛ばそう。
 そんなの練習するものじゃないでしょって笑われよう。

「………私が練習台になりましょうか?」

 笑われる覚悟で言ったのに顔がどんどん熱を帯びていく。
 絶対に耳まで真っ赤だ。

 早く笑い飛ばして!
 そう思っていた紗良の耳に思わぬ言葉。

「ありがとう。」

 ありが………とう?
 お礼?何に対しての?

 笑いを提供してくれてありがとう?


「俺のために優しいんだね。
 まず口説くには何を言ったらいいかな?」

 話がどんどん飛躍して進んで行く。
 アドバイスするなんて言いましたっけ?

「冗談ですよ?冗談。
 松田さんが私と練習なんて。」

「ダメだよ。これも約束。」

 強引に手を引かれ、小指に絡んだ松田さんの小指。
 触れたところだけが発熱スイッチを押されたみたいに熱を帯びていく。

 酔ってるんだ。
 触れられたからってそんな。
 指切りも会社で前にしたことあるし。

「練習なんて……命がいくつあっても……。」

 チラッと浮かんだ先輩方にゾゾッと背筋が寒くなる。

「怖い先輩方に知られたくないってことかな?
 俺も前はもっと上手いやり方あったよなって思ったよ。ごめんね。」

 松田さんの指切りを終えた手が伸びてきて、紗良の頬にかかった髪を優しく払った。
 そのまま頬に触れて、見つめられる。

 そのせいで浮かんだ先輩方は彼方遠くに吹き飛ばされた。
 頭の中は目の前の松田さんでいっぱいになる。

 謝るのにこのシチュエーション必要!?
 自覚なしたらし男なんじゃない?この人!

 あわあわ声にならない声を出している紗良にフフッと笑ってすごいことを言った。

「秘密の関係でいたらいいよ。
 秘密ってなんだか魅惑的だよね。」

 誰かこの自覚のないイケメンをどうにかして!!!
 私なんかと練習しなくても片思いの相手なんてイチコロだよ!

 言いたい言葉は口から出てくれなくて、触れられたままの頬の手を払えずにいた。

 頬に触れたままの松田さんが近づいて……近づいて………近づいて………。





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