不器用王子の甘い誘惑
10.寝て覚めた夢
 1人になると酔った勢いとはいえ、寝て起きたら発狂しそうな出来事が……と色々と思い浮かびそうになる。

 ま、いっか。
 発狂するのは寝て起きてからで。

 松田さんの走り書きは電話番号で、急いで書いて8の上の方がズレズレなのがなんだか愛おしかった。

 アパートの階段を登ると玄関の前の壁にもたれて松田さんが駅に着いたのか眺めてみる。
 終電間近の駅は人もまばらで、離れていてもなんとなくは分かるはず。

 それなのにいない。

 おかしいな。
 そう思ってよくよく駅を見てみるとみつけた。

 何故か反対方向のホームに。

 嘘……でしょ?

 紗良の疑問と一緒に電車はホームを去って行き、松田さんの残像すら残すことなく夜の街に消えて行った。

 おかしいと思ったんだ。
 社長の息子なのに、そんな遠いところから通わなくたってもっと近いところに部屋を借りて………。

 送ってくれたんだ。それもわざわざ。
 練習するため?
 あれ。練習しましょうって話したの送ってもらっている最中だっけ?
 え……ちょっと待って。

 パンクしそうになる頭を抱えて部屋に入ると倒れるようにベッドに寝転んだ。

 朝起きてからパニックになり過ぎて、友達の瑞稀に電話をかけることになることも気づかないまま。



「瑞稀!ねぇ!瑞稀!!お願い!
 今日空いてる?お願いだからお茶しよ!
 奢る!奢らせていただきます!」

 瑞稀のアパートから近いカフェに待ち合わせして、瑞稀が来るのをそわそわして待った。

 なんで昨日、あのまま寝ちゃったの?
 あの勢いで松田さんにお礼の電話くらいしておけば………。
 いや。何もしない方が良かったのかな。

 爆破しそうな頭はふとした瞬間に「紗良、可愛いよ」ってとろけそうな声を思い出しちゃって、頭から湯気が出そうだ。

 やっと来た瑞稀に、叫びそうになっては恥ずかしいからやめて!と怒られながら覚えている限りの全容を話した。

「遊ばれてるね。」

「遊ばれ……てる。」

 瑞稀の冷静な声に紗良も冷静になっていく。

「好きな人がいるって言ってるのに、何が練習だよ。何が!」

「す、すみません。」

 瑞稀が怖い。

「それをOKするどころか、手を繋いだり、抱きしめたり。
 この子なら簡単そうって思われたんだよ。」

 松田さんはそんな人じゃないよ。
 そう思うのに、嫌な思い出が蘇って反論できない。

 ため息をついた瑞稀が腕組みをして意見を言った。

「まぁ。お互いに浮気ってわけでもないしね。
 紗良のそんな浮かれた顔、久しぶりに見た気がするし。
 いいんじゃない?」

「いい……いい?いいと思う?
 練習相手になって。」

 瑞稀に言われるとすっごく頼もしい。
 いつもいつも頼りになる子だから。

「素性がハッキリした人だしね。
 そんなに悪いことも出来ないだろうし。
 だいたい素敵な人なら松田さんが言ってる好きな人じゃなく自分を好きにさせる!くらい思わないわけ?」

「そ、そんな。滅相もない。
 別世界のリアル王子様だよ?」

「紗良だってお姫様みたいに可愛いよ。」

「それは身内の欲目!
 瑞稀こそ王子様みたいだよ。かっこいいよ。」

 2人は顔を見合わせるとププッと吹き出した。





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