不器用王子の甘い誘惑
2.運命?それとも……
 リアル王子様は突然現れた。

「今日は新しく配属された人を紹介する。
 松田爽助くんだ。
 我が社の親会社スリーピングカンパニー社長のご子息だ。
 松田くんはかの有名大学を卒業後にスリーピングの方にいたんだが、勉強のために我が社で仕事をすることになった。
 みんな失礼のないように頼むよ。」

 秋も深まる時期に人事異動なんて珍しいと思ったら人事異動というか、ちょっと違ったみたい。

 朝からみんなが噂していた。
 社長の息子って、どんな根暗お坊っちゃんでも捕まえれば玉の輿だ!と。
 社長の息子なのに顔バレしてないから、よっぽどひどい息子だろうって予想で。

 それが予想に反して目見麗しい若者が出てきちゃったから大騒ぎだ。

 整った顔立ちは上品な笑みを浮かべ、それが似合ってるからすごい。
 そして、朝礼でみんなに囲まれて紹介されているのに、頭一個分飛び出ているくらいの長身。

 もちろん本人の前では色めき立つ素振りは誰も見せないんだけど、みんなそわそわしているから丸分かりだった。

 私ももっと昔だったら私の王子様が現れた!と騒いだかもしれない。
 
「ご紹介に預かりました松田です。
 有難い紹介ですが、入社したての新人と同じですので、厳しいご指導ご鞭撻をよろしくお願いします。」

 爽やかイケメンの上に鼻にかけないところがこれまた爽やかで争奪戦が起きそうだなと他人事のように思う。

 だって他人事。
 住む世界が違い過ぎて、みんなみたいにときめけない。

 私も大人になったなぁ。



「天野さん。これもよろしくね。
 俺、松田くんの教育係になったから。」

 早瀬主任が私の机に遠慮なく仕事を置いていく。
 浮き足立ってるのは男の人もかぁ。
 親会社の社長ジュニアが来ちゃったら、そうもなるよねぇ。

 おかげで私は仕事が増えちゃった。

「天野さん。ちょっと。」

 早瀬主任が手招きをして、その隣にはあろうことか社長ジュニア……じゃなかった松田さん。

「こちらが庶務担当の天野さん。
 細かい仕事は天野さんに聞いて。」

 そっか。早瀬主任が教育係ということはうちの部署で仕事をするんだ。

「初めまして。天野です。」

「……初めまして。松田爽助です。」

 えっ?普通フルネームで挨拶するっけ?

 なんだか天界の人と話してる気分だから、自分が間違っているような気がしてドキドキする。
 ううん。今ここで下の名前を名乗ったら「何、アピールしてるのよ!」って怖い先輩方に目をつけられる。

 仕事をしながらも耳だけはこちらに集中していそうな先輩方に戦々恐々として早く席に戻りたい。

「早瀬主任。私はこれで……。」

「あぁ。ありがとう。」

 はぁ。怖かった。
 出来るだけ近づかないでおこう。
 私だって命は欲しいもん。


 帰り際。
 いつものごとく、先輩方は終わらなかった仕事を私の机に置いていく。

「じゃ紗良。頼むねー。」

「はい。お疲れ様です。」

 いつものこと。別にいいんだ。
 家に帰っても何もすることもないし。






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