不器用王子の甘い誘惑
19.罪なお願い
 どことなくそわそわしながら電車に乗った。

 具体的に誘われたわけじゃない。
 どこで待ち合わせとか、何時にとか。
 何よりも今日なんて言われてないし。

 それなのにアパートに着いたら車があるような気がして、ドキドキする。
 真っ直ぐアパートにのびる道に来て、あの高級そうな車が停まっていないかって即座に確認する。

 そんな自分は馬鹿みたいだった。
 松田さんはみんなの王子様で、何よりも婚約者がいて……。
 私はその人の練習相手。

 アパートの前に車はなかった。

 ちょっと優しくされたからって。
 ちょっとイケメンだったからって。
 ちょっと………。

 アパートのすぐ隣に寄り添うように立っている木。
 朝には小鳥のさえずりが聞こえてくる木。

 そこに松田さんは立っていた。

「やぁ。いつも遅いね。」

 松田さんはいつだって私の想像以上のことをして、いつだって私の心の奥深くにしまっておいた王子様を見せてくれる。

 それは変わらない夢のままで。

「さぁ。来て早々だけど、電車なんだ。
 戻るよ?」

「え?それならそうと言ってくれれば。」

 当たり前みたいに手を繋がれる。

「会社でそんな話して良かった?」

「そうじゃなくて!
 電話でもなんでも………。」

 繋がれた手を持ち上げられて、その奥にある松田さんの顔は微笑んでいる。

「俺が待ちぼうけして冷えたら紗良の手を握れるでしょ?」

 そんな理由で………。
 松田さんと手を繋ぎたい人なんていっぱいいて、そんなことしなくたって繋ぎたい放題なのに。

「もう!どれだけ待ってたんですか?」

「内緒。教えなーい。」

 悪戯っぽく笑う松田さんが可愛くて、男の人にみんなの王子様に可愛いなんて失礼なのに、このまま夢よ醒めないでって……罪なお願いを心に浮かべた。



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