不器用王子の甘い誘惑
 駅に行って戻る方向のホームに行くとむくれた紗良が体を強めにぶつけて来た。

「痛っ……。」

 何も言わないのに「戻る方なんて!」と言われている気がして、ぶつけられて離れた距離をそっと詰めた。

 朝のラッシュほど混んでない車内に乗り込むと空いていた席に紗良を勧める。
 少しして微笑んで立ち上がった紗良の先にはおばあちゃんがいた。

「あらあら。悪いわねぇ。」

 優しく微笑んだおばあちゃんは曲がった腰を空いた席に降ろして俺たちを見上げた。

「まぁ本当にお似合いだこと。」

 俺たちを見てそう言うおばあちゃんに「俺のお姫様なんだよ」って言いたくなる。
 いいや。車内の人全員に。

 どうせなら会社の方の社内の人全員にも。


 店の前に着くと手を離されて、つかみ直そうと出した手が紗良をつかむ前に後ろから声がした。

「爽助………と、そちらは?」

 振り向いた先には……。

「麗華!そうか。亘の奴……。」

 亘が呼んだのだろう。
 麗華にもいつか会わせるつもりだったけど、いきなり2人と………。

「この子が紗良だよ。
 紗良は麗華のこと………。」

「知らない人はいないですよ。
 同じ会社ですし、麗華さんは有名人なので。」

「そっか。ならいいかな。」

 表情を固くさせた紗良が気になりはしたけれど、慣れない人に会うのも緊張するかなと特に気にも止めなかった。

 店に入ると亘が既にカウンターでマスターと話していた。

「いらっしゃい。
 爽助くん……。あぁカウンターより奥のテーブルにしますか?」

「いえ。カウンターでいいです。」

 マスターが優しく微笑んで勧めてくれた。
 でも俺はマスターも含めて紗良に知ってもらいたかった。
 俺の大切な場所だから。

 それに……テーブルよりカウンターの方が紗良とはいいと思うから。

「よっ。その子が紗良ちゃん?
 へぇ。なんだかちっこい子だね。
 爽助の隣にいるせいかな。」

 亘が相変わらずの減らず口をたたくと、マスターが気を利かせてくれた。

「奥の棚から出して欲しい物があるんですよ。
 亘くんと麗華さん、手伝ってくれませんか?」

 快く立ち上がった亘に麗華もついて行って店には爽助と紗良だけになった。

「悪かった。
 亘にだけ会わせるつもりが、麗華まで。」

「いいえ。
 ……素敵なお店ですね。
 それにマスターも。」

 微笑む紗良に連れてきて良かったとホッと息をついた。

「おーい。爽助も手伝えよ。
 俺よりお前の方が背が高いだろ?」

 奥から亘の声がして紗良が「私はいいので行ってきてください」と言うので、仕方なく腰を上げた。






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