不器用王子の甘い誘惑
25.疎かになった練習は
「劇薬かぁ。取扱い注意だね。」

 そう言って笑う松田さんにもう取扱いを間違えてる気がするとは言えなかった。
 触るな危険!本当、劇薬だよ。


 パソコンや資料を持って松田さんと席に戻ると大池さんの視線が痛い。
 しまった……。松田さんとのことを疑われてるんだった。

 早瀬主任に「お疲れ。はかどったようだね」と労われ少しだけホッとした。


 松田さんは当たり前だけど忙しい人で、あの時はよく独占できたなぁと思えるほどに、あれ以来、席で見かけることが少なくなった。


 何日か経ってから電話が鳴った。
 まさかの松田さんからでドキドキしながら電話に出た。

「俺、松田……爽助だけど。」

「ふふっ。
 電話でもフルネームなんですね。」

 初めて自己紹介された時の事を思い出して緊張が緩む。

「なんだよ。出てすぐに笑う?」

 クスクス笑う紗良に松田さんも電話の向こう側でフフッと笑った。

「最近、忙しそうですね。お疲れ様です。」

「あぁ。そのことだけどさ。
 練習が疎かになってるから、今度の日曜デートしない?」

「……はい?」

「だからデート。」

 デートなんて!
 嬉しくないって言ったら嘘になるけど、会社の誰かに見られたらどうするの!
 そう思って不意に麗華さんの顔が浮かんだ。

 麗華さんに見られたらどうするんだろう。
 練習だからって言うのかな。

 心臓に針を刺されたみたいにチクンと痛くなった。
 ハッキリ聞いたわけじゃない。
 きっと麗華さんだろうって。

 それなのに確認するのが怖い。

「もしもし?」

「あ、ごめんなさい。」

「会社の誰かに見られたら命がいくらあっても足りないとか言うんでしょ?
 遠出したらいいよ。運転好きだから。」

「運転?」

「ハハッ。そんなに怯えないで。
 次はちゃんと安全運転だよ。」

 ふざけあった楽しい会話。
 それなのに心は冷たくなっていく。

 松田さんとの会話ってこんなに辛かったっけ?
 夢を見ているつもりでも近づけば近づくほど辛いのかな?

「紗良の私服、楽しみだな。」

「はい?」

「どう?ドキドキした?」

 そっか練習……。

「プレッシャー以外の何物でもありません。」

「フフッ。俺も。
 紗良と私服で会うの緊張する。」

 何それ………。
 顔が熱くなってきて、こっちの台詞の方がよっぽど破壊力絶大……。

 だけど、そんなこと言えないし、言ってなんてあげない!

「紗良。日曜楽しみにしてるから。
 だから約束。ね?」

 そんなこと言われたら断れないよ。

「はい。日曜に。」




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